目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話「この距離、あと一歩だけ近づきたいのに」

「スポーツチャンバラって、ただの遊びでしょ?」――そう言った君の横顔が、いちばん真剣だった。


だから私は、ふざけてなんかいられない。

本気の君に、ちゃんと追いつきたい。







春の空は、今日も妙に機嫌がいいらしい。


学校の裏庭にある小さな体育館。

そこで、私はまた「バシッ!」という音に何度目かの悲鳴を上げていた。


「ひぃいぃっ!! ちょ、ちょっと待って待って先輩、私まだ構えが――って容赦ないぃぃ!!」


目の前に立つのは、鬼畜練習モードの莉乃先輩。


主将の微笑みって、あんなに破壊力あるんですね。

物理的にも精神的にも。


「甘えない! スポチャン(※スポーツチャンバラ)はね、“当たったら負け”! だから“当たらない”ために動いて、読んで、構えて、避ける! “反射神経と気迫”が勝負なんだよ!」


「は、はいぃぃ!!」


この競技、正式には「スポーツチャンバラ」。

空気で膨らんだ軽い剣を使って、相手の体を一撃で打つ。

それだけ。……なのに、めちゃくちゃ奥が深い。


ルールはシンプル。


剣が身体のどこかに“当たったら”負け。

当たる前に“打てたら”勝ち。

攻撃と防御が一瞬で入れ替わる、まるで剣のかけひきの短編集。

剣道みたいな型もなければ、防具もゆるめ。だけど、集中力と瞬発力がすべて。


そして、藤井先輩は――その世界の中で、誰より静かに、誰より鋭い。







「……はあっ……はあっ……もうダメ、体が……」


「休憩、10分。水、飲んどけ」


「ふぅじいせんぱぁい……!!」


私の膝が限界で、体育館の隅でへたり込んだとき。

藤井先輩がタオルとスポドリを無言で差し出してくれた。


「きゅ、救世主……!」


「……さっき、いい動きあった。フェイント、少し効いてた」


「えっ、ホントですか!? わ、わたし、先輩に褒められた……! 今日、人生のピークきたかも……!」


「……そのテンションで動けるなら、次もいけるな」


「えっ待って鬼コーチ降臨!?」







そんなこんなで午後の練習が終わり、日が傾きかけた体育館。


私は、藤井先輩に頼んで、個別に“打ち合い”の練習をつけてもらっていた。


お互いに正面から構え、間合いをはかる。


先輩の瞳は、まっすぐで、まるで一点の曇りもない。


――ごくり。


「来い」


その一言で、スイッチが入った。


(今の私にできること、全部使って!)


フェイント。突進。ステップ。構え直し。


でも――


「――遅い」


バシッ。


「ひゃああぁっ!? は、速い、ずるいですぅぅ!」


「全部読まれてる動き。そんなんじゃ、誰にも届かない」


「うぐっ……!」


(……悔しい。こんなに真剣なのに、まだ届かないなんて)







練習のあと。


荷物を持って体育館を出たとき、ポツ……と雨が落ちてきた。


「うそ、天気予報晴れだったのに……!」


「傘、ない」


「私も……え、じゃあ、どうするんですか?」


「走る」


「は?」


「走る。濡れるの嫌だし」


「そ、それはそうですけど!?」


そのときだった。


藤井先輩が自分のバッグから、小さな折りたたみ傘を出した。


「……嘘ついた。一本だけ、ある。でも小さい」


「え、え、じゃあ一緒に入って――」


「……こっち来い」


ぐいっ。


腕を引かれて、私は気づいたら藤井先輩の肩に、ほっぺがくっつく距離。


「あ、あの、せんぱ、い、近くて、その……!!」


「……体温、あったかい。俺、冷えると弱くなるから」


「な、なるほどぉぉぉおおお……!?(意味不明の返し!)」


そのまま、傘の中でふたり、静かに歩いた。







「……なあ、春野はるの


「はい……!」


「なんで、入部したんだっけ?」


「……えっ」


「前、主将って言ってたよな」


「……それは、ちょっと嘘、でした」


「……ん」


「ほんとは、藤井先輩を見て、剣を始めたんです」


「……」


「最初は、“きれいな剣だな”って、ただそれだけだったのに。だんだん、目が離せなくなって」


「……そっか」


その一言は、風みたいに軽くて、でも心をぎゅっと締め付けた。


(え……それだけ? 引かれた? 迷惑だった?)


――でも。


そのあと、ぽつりと落ちた言葉が、胸にしみた。


「……ありがとう」


「えっ……」


「誰かが、俺の剣を見て、何かを始めたって……ちょっと、信じられなかったけど。……悪くない」


「……っ」


(やばい。心臓、また跳ねた)


藤井先輩の“ありがとう”は、雨の音より静かで。

それでも、私の中でいちばんうるさかった。







その夜、日記にこう書いた。


“スポーツチャンバラは、一瞬の勝負。でも、心を撃ち抜くのは、たった一言だったりする。”


次は、私の番だ。


私も、誰かに“始めさせる剣”を、持てるように――なりたい。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?