「スポーツチャンバラって、ただの遊びでしょ?」――そう言った君の横顔が、いちばん真剣だった。
だから私は、ふざけてなんかいられない。
本気の君に、ちゃんと追いつきたい。
◆
春の空は、今日も妙に機嫌がいいらしい。
学校の裏庭にある小さな体育館。
そこで、私はまた「バシッ!」という音に何度目かの悲鳴を上げていた。
「ひぃいぃっ!! ちょ、ちょっと待って待って先輩、私まだ構えが――って容赦ないぃぃ!!」
目の前に立つのは、鬼畜練習モードの莉乃先輩。
主将の微笑みって、あんなに破壊力あるんですね。
物理的にも精神的にも。
「甘えない! スポチャン(※スポーツチャンバラ)はね、“当たったら負け”! だから“当たらない”ために動いて、読んで、構えて、避ける! “反射神経と気迫”が勝負なんだよ!」
「は、はいぃぃ!!」
この競技、正式には「スポーツチャンバラ」。
空気で膨らんだ軽い剣を使って、相手の体を一撃で打つ。
それだけ。……なのに、めちゃくちゃ奥が深い。
ルールはシンプル。
剣が身体のどこかに“当たったら”負け。
当たる前に“打てたら”勝ち。
攻撃と防御が一瞬で入れ替わる、まるで剣のかけひきの短編集。
剣道みたいな型もなければ、防具もゆるめ。だけど、集中力と瞬発力がすべて。
そして、藤井先輩は――その世界の中で、誰より静かに、誰より鋭い。
◆
「……はあっ……はあっ……もうダメ、体が……」
「休憩、10分。水、飲んどけ」
「ふぅじいせんぱぁい……!!」
私の膝が限界で、体育館の隅でへたり込んだとき。
藤井先輩がタオルとスポドリを無言で差し出してくれた。
「きゅ、救世主……!」
「……さっき、いい動きあった。フェイント、少し効いてた」
「えっ、ホントですか!? わ、わたし、先輩に褒められた……! 今日、人生のピークきたかも……!」
「……そのテンションで動けるなら、次もいけるな」
「えっ待って鬼コーチ降臨!?」
◆
そんなこんなで午後の練習が終わり、日が傾きかけた体育館。
私は、藤井先輩に頼んで、個別に“打ち合い”の練習をつけてもらっていた。
お互いに正面から構え、間合いをはかる。
先輩の瞳は、まっすぐで、まるで一点の曇りもない。
――ごくり。
「来い」
その一言で、スイッチが入った。
(今の私にできること、全部使って!)
フェイント。突進。ステップ。構え直し。
でも――
「――遅い」
バシッ。
「ひゃああぁっ!? は、速い、ずるいですぅぅ!」
「全部読まれてる動き。そんなんじゃ、誰にも届かない」
「うぐっ……!」
(……悔しい。こんなに真剣なのに、まだ届かないなんて)
◆
練習のあと。
荷物を持って体育館を出たとき、ポツ……と雨が落ちてきた。
「うそ、天気予報晴れだったのに……!」
「傘、ない」
「私も……え、じゃあ、どうするんですか?」
「走る」
「は?」
「走る。濡れるの嫌だし」
「そ、それはそうですけど!?」
そのときだった。
藤井先輩が自分のバッグから、小さな折りたたみ傘を出した。
「……嘘ついた。一本だけ、ある。でも小さい」
「え、え、じゃあ一緒に入って――」
「……こっち来い」
ぐいっ。
腕を引かれて、私は気づいたら藤井先輩の肩に、ほっぺがくっつく距離。
「あ、あの、せんぱ、い、近くて、その……!!」
「……体温、あったかい。俺、冷えると弱くなるから」
「な、なるほどぉぉぉおおお……!?(意味不明の返し!)」
そのまま、傘の中でふたり、静かに歩いた。
◆
「……なあ、
「はい……!」
「なんで、入部したんだっけ?」
「……えっ」
「前、主将って言ってたよな」
「……それは、ちょっと嘘、でした」
「……ん」
「ほんとは、藤井先輩を見て、剣を始めたんです」
「……」
「最初は、“きれいな剣だな”って、ただそれだけだったのに。だんだん、目が離せなくなって」
「……そっか」
その一言は、風みたいに軽くて、でも心をぎゅっと締め付けた。
(え……それだけ? 引かれた? 迷惑だった?)
――でも。
そのあと、ぽつりと落ちた言葉が、胸にしみた。
「……ありがとう」
「えっ……」
「誰かが、俺の剣を見て、何かを始めたって……ちょっと、信じられなかったけど。……悪くない」
「……っ」
(やばい。心臓、また跳ねた)
藤井先輩の“ありがとう”は、雨の音より静かで。
それでも、私の中でいちばんうるさかった。
◆
その夜、日記にこう書いた。
“スポーツチャンバラは、一瞬の勝負。でも、心を撃ち抜くのは、たった一言だったりする。”
次は、私の番だ。
私も、誰かに“始めさせる剣”を、持てるように――なりたい。