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回想2「ボケモンと毒舌先輩と、始まりの気まずさ」

全寮制の北天王寺学園では、夕食後にクラブ活動をする生徒も多い。

だけど私――茉莉奈は、この日はたまたま部活がなかった。というか、まだ仮入部中だったので自由時間だった。


(さーて、今日は部屋でお菓子タイムでもするか〜)


廊下をスキップ気味に歩いていると、視界の端に、ちらっと人影が見えた。


「……?」


少し開いた談話室のドアから、ひとり座ってる男子生徒の姿。

薄暗い室内、手にはスマホ。無表情で画面をじっと見つめている。


(あれって……藤井先輩?)


見たことある。

この間、剣王会の見学に行ったとき、端っこで黙って素振りしてた先輩だ。


同じクラスの子から聞いた情報によると──


「藤井先輩、超コミュ障で有名なんだよ」

「ていうかマジで話しかけない方がいいって!」

「話しかけたら5秒で毒舌飛んでくるらしいよ?」


……うん。あまりいい評判じゃなかった。


でも、私は思ったのだ。

「話しかけない方がいい」とか、よくわかんない偏見じゃないかって。


それに――彼のスマホの画面が、ふと見えたから。


(あれ……ボケモン……!?)


ピンク色のゆるい生き物が、のそのそ歩いていた。


「す、すみませんっ!」


勢いよくドアを開けてしまった。


藤井先輩はびくっとして、スマホを慌てて伏せた。


「……な、なに?」


「それって、ボケモンの“ボケパフ”じゃないですか!? 今のイベント限定バージョンの!」


「……見てたの?」


「はい! 私もやってるんです! “ボケっとモンスターズGO”!」




ボケモン。正式名称「ボケっとモンスターズGO」。

緩すぎるキャラクターデザインと、じわじわハマる育成バトルが人気のアプリゲームだ。

とにかく、戦うより「のんびり育てて愛でる」のが醍醐味。

茉莉奈は毎日“朝の給餌タイム”を欠かさない重課金者(お年玉は全部ボケモンにつぎ込んだ)。


「……信じらんない。女子でやってる人いたんだ」


「逆にいないんですか!? あのぽやぽや感、最高じゃないですか。ボケパフの寝顔とか、も〜〜〜〜尊いっ!」


茉莉奈はテンションMAXで語る。藤井先輩は少しずつ目をそらしながらも、口の端が微妙に上がっていた。


「……まあ、否定はしないけど」


(あ、今ちょっと笑った……!)




気づけば、ふたりで“推しボケモン”の話をしていた。

好きな進化系の話、イベント限定のぬいぐるみ、公式の謎キャンペーン(「ごはんを食べさせすぎると進化する」とか)。


そして藤井先輩が、ふいにぽつりと言った。


「……“ボケパフ”って、実は進化すると“パフリーナ”になるんだよな。誰にも言ってないけど、それが……俺の癒し」


「えっ……っ、それ、わかりますっ……!」


茉莉奈は感動していた。

学校ではクールで無口な“毒舌先輩”が、今この瞬間、“ボケパフ”の話になると頬を染めながら語ってくれている。


(ちょっと、すごいギャップ……)


こんな姿、他の人は絶対知らない。

だからこそ、特別な瞬間みたいで、胸の奥が少しだけ、きゅっとなった。




「……あの、もしよかったら」


茉莉奈は、自分でもびっくりするくらい自然に、そう言っていた。


「今度、いっしょに“育成合宿”しませんか? 寮のWi-Fiつかえば、たぶん通信バトルもできるし!」


藤井先輩は、少し黙ってから――


「……別に、いいけど」


と、顔をそむけて言った。耳が、赤い。




その日の夜、茉莉奈はベッドに飛び込んで、布団をかぶってじたばたした。


「ふ、藤井先輩、かわいい……ッ!!」


恋に落ちるって、こういうことなんだと思った。


今まで“かっこいい”に憧れたことはあっても、“かわいい”にドキドキしたのは初めてだった。




──数日後。


剣王会の部活中、藤井先輩は以前より茉莉奈に話しかけてくれるようになった。

話しかけるときは、だいたい「今朝のログイン、忘れてただろ」「ボケスープ飲ませすぎ」みたいなボケモン絡みだけど、それがうれしかった。


「藤井先輩って、ほんとは優しいんですね」


「……うるさい」


「顔が真っ赤ですよ?」


「……お前の天然は、毒だな」


ツン、としてるのに、どこか照れてる藤井先輩。


その姿が、もう……ボケパフ級にかわいいんですけど!!




こうして、ふたりの距離は、ボケモンを介してゆっくり縮まっていった。


恋の始まりは、いつも意外なところからやってくる。




たとえば――

ぽやぽや動くモンスターの画面越しに、ちょっとずつ心が通い合うみたいに。

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