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第12話「体育祭は恋の障害物競走から──手錠!? お姫様抱っこ!? 甘酸っぱい嵐の一日」

 風薫る五月の午後、花壇に咲くパンジーが揺れる中で、私は体育祭のプログラムを手にしていた。

「次は全学年対抗障害物競争――ペアで手をつないだままゴールを目指せ」

目を見開いた私の手元が震れる。ペアはくじ引き。先輩と組めるかどうかは、運次第……!


「茉莉奈!」

背後から不破くんの声が飛んできた。彼は既に手錠をぶら下げている。

「おい、これ! お前と隣り合わせにならねえよう、この手錠引いてきた!」

うわっ、なんて本気……! でも、何故かその真剣な眼差しに胸がキュンと痛んだ。


──一方、藤井先輩はどこにいるんだろう?

「先輩と一緒に走りたい……」

心の奥で囁く声に、思わず顔が熱くなる。


 運命のくじ引き大会。校庭中央に集められた紅白のくじ袋を、私たちは順番に引く。

「茉莉奈、頑張れよ」

不破くんがひそかに背中を押してくれた。ありがとう、でも……先輩の声が聞きたい!


 袋の中から引いた白い紙には――“2番”の文字。となりの先輩席を見ると、そこには藤井先輩が立っていた。彼もまた“2番”を手にしていた。

「……おまえ、また俺かよ」

ぶっきらぼうに言うけれど、瞳の奥が揺れているのが見えた気がした。


 一方、不破くんは“3番”で新しく転入してきた紗綾さんとペア。彼女はくすりと笑いながら不破くんに手錠を掛けた。

「さあ、不破くん。私たちも頑張りましょうね」

紗綾さんはクールだけど、目の端に優しさがあった。


 スタートラインに並ぶ。ゴールには体育祭名物のお菓子ショップ券がぶら下がり、歓声が上がる。

「位置について……よーい、ドン!」

ピストル音とともに、一斉に走り出す。私は藤井先輩と手錠で繋がれたまま、ぎこちなく前に踏み出す。


「走りにくいんだけど……」

「我慢しろ」

低い声が耳元で響く。ドキドキが止まらない。


 最初の障害は、低いネットくぐり。屈むと先輩の胸元が目の前に――

(近い、近いよ先輩!)

でも、ネットをくぐり抜けると同時に、先輩が手をきゅっと握り直してくれた。意外と頼りになる。


 次は、跳び箱ジャンプ。2人で一緒にジャンプしないと進めない。

「3、2、1……!」

息を合わせて勢いよく飛んだ瞬間、先輩の体温が腕に伝わった。

「せ、先輩……!」

「差支えないなら、心も一緒に飛んでくれ」

甘い言葉に、思わず息が止まる。


 続いて、泥水プールゾーン。びしょ濡れ必至の巨大プールに落ちて、網越え。

「覚悟しろよ」

先輩はクールに言いながら、私を背負い上げた。

「え……お姫様抱っこ!?」

周囲の歓声と笑い声が響く中、私はびしょ濡れで先輩の胸に顔を埋めた。

(あったかい……)


 プールを越えたあと、次はバランスビーム。つるつるの板の上を手錠で繋がれたまま進まなければならない。

「……離すなよ」

先輩の手のひらが、ぎゅっと私の手を握り締める。

「離さない」

思わずそう答え、二人でゆっくりと進んだ。


 最後の障害は、トンネルくぐり。狭い暗闇に二人で潜るとき、息がぶつかり合うほど近づいた。

「おまえ、顔赤いぞ」

先輩の吐息が耳にかかり、鼓動が加速する。

「だって……」

暗闇で言葉を探すけれど、トンネルが終わる直前に、先輩が軽く唇を触れた。

「……頑張ったな」

そのキスは一瞬で、甘く切なかった。


 ついにゴール! お菓子ショップ券を手にした私たちに、観客席から大きな拍手が降り注ぐ。

「……勝ったな」

先輩はふっと口元を緩めた。

「うん。先輩のおかげです」

私も笑い返し、手錠を外すのを忘れて、そのまま抱きついた。


 そのとき、不破くんと紗綾さんのペアもゴール。

「茉莉奈、よかったな!」

「ありがとう、不破くん」

紗綾さんは不破くんに優しい微笑みを向け、ふたりも祝福し合う。


 夕暮れの校庭で、私と先輩は並んで歩いた。手錠はもうない。

「今日……ありがとう」

真っ直ぐな気持ちを伝えると、先輩は少し照れて顔をそむけた。

「……調子に乗るなよ」

でも、その声には確かな優しさが含まれていた。


 屋台のチョコバナナを分け合いながら、先輩がぽつりと言った。

「おまえといると、俺……頑張れる」

胸がぎゅっと熱くなる。

「私も、先輩といると心強いです」

優しい視線が交差し、夕焼けが二人を包んだ。


 甘酸っぱい障害物競争は終わっても、心の中の恋の障壁はまだまだ続く。

でも、確かな一歩を踏み出した今、私は思う。

「これからも、先輩と一緒に。どんな障害だって――乗り越えてみせる!」

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