目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話「交差する想い、揺れる心」

放課後の風は、ほんの少し春の匂いを含んでいた。


「まーりーなーっ!」


校舎裏に続く階段を降りた先で、紗綾が手を振っていた。新しい学年が始まり、彼女も茉莉奈と同じく2年生になった。クラスは離れてしまったけれど、その距離が二人の仲を壊すわけじゃない。


「ごめんね、待った?」


「ううん、今来たとこ」


いつも通りのやりとり。でも、紗綾の笑顔の奥には、茉莉奈だけには見える、ほんの少しの翳りがあった。


二人は自動販売機の前でジュースを買い、並んで腰を下ろす。


「慧先輩とさ、最近話してるよね」


ジュースのプルタブを開ける音が、やけに大きく響いた。


茉莉奈は、言葉に詰まる。


「うん……話す、かな。練習のときとか。あと、この前……一本付き合ってくれて」


「そっか。よかったね」


その言葉は優しくて、でも少しだけ、遠かった。


茉莉奈は缶を強く握りしめた。


「紗綾……大丈夫?」


「……うん、平気。だって、茉莉奈のこと、応援すると決めたから」


そう言って笑った紗綾の笑顔は、まるで桜が散る瞬間のように切なかった。


――私は、大切な友達を傷つけてる。


そう思いながら、止められない想いが、茉莉奈の中で静かに大きくなっていく。


その夜、茉莉奈は布団の中で何度も藤井先輩の言葉を思い出していた。


「……黙ってる方が可愛いぞ、お前」


ドクン、と胸が高鳴る。


「うぅ……あれって、どういう意味……?」


思い返すたびに熱くなる頬を枕に埋めながら、茉莉奈はごろごろと転がった。


そんな自分が少し可笑しくて、でも――嬉しかった。




翌日。部活の時間。


いつも通りの練習が始まる。だけど、どこか集中できない自分がいた。


(先輩、今日はいるかな……)


ちら、と視線を送ったその先に――慧先輩がいた。


冷静にフォームソードを振るその姿に、茉莉奈の胸はまた騒ぎ出す。


「天野、ちょっと来い」


「えっ!?」


突然の指名に、茉莉奈の心臓は跳ね上がった。


「俺と一本。前と比べて、どこまで動けるようになったか見せてみろ」


周囲がざわつく。


「また慧先輩、天野ちゃん指名か~」「最近多くね?」


そんな声が聞こえないフリをして、茉莉奈はコクリと頷いた。


「お願いします!」


剣を構えた瞬間、世界が変わる。


藤井先輩の構えは、鋭く、美しい。


(負けたくない――この人の目に、少しでも私を映したい)


茉莉奈は渾身の一撃を繰り出した。


……だが、その剣先はあっさりと受け流され、体勢を崩される。


「くっ……!」


「悪くない。でも、お前はまだ焦りすぎだ」


慧先輩の静かな声が、心にしみる。


試合は一瞬で終わった。


けれど、そのあとの慧先輩の言葉が、茉莉奈を驚かせた。


「天野、お前……このまま真っ直ぐ来い。そういう奴の方が、俺は好きだ」


「――えっ?」


「好き、って言っても、剣の話だ。勘違いするなよ」


そっぽを向いた慧先輩の耳が、ほんのり赤いことに、茉莉奈は気づいた。


(……ずるい)


そう思いながら、顔が自然と熱くなっていく。




練習後、更衣室で。


「慧先輩と一本? なんか距離近くなってない?」


紗綾の問いに、茉莉奈は言葉を詰まらせた。


「……うん。でも、まだわかんない。私、自信ないし」


紗綾は少しだけ、寂しそうに笑った。


「大丈夫、茉莉奈は可愛いよ」


「えっ、なにそれ、急に!」


「……だって、私、藤井先輩に振られてすぐに、自分の気持ちより茉莉奈の幸せを考えてる自分が、ちょっとだけ大人になれた気がしたんだ」


「紗綾……」


「だから、遠慮しないで。茉莉奈は、まっすぐでいいよ」


紗綾の優しさに、胸がぎゅっとなった。


二人は目を合わせて、ゆっくりと笑い合った。


親友って、たぶんこういう関係のことを言うんだ。




その日の帰り道。


校門の前で、慧先輩が茉莉奈を待っていた。


「……一緒に帰るか?」


「は、はいっ!」


小さな一歩だった。

でもその一歩が大きな一歩だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?