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第28話 婚約者と魔石

 得意先に木材を納品した後、木こり村長から預かった納品リストをもとに村人達から預かった品物を次々と納品した。


(そう言えば、余所者に厳しい村人達がどうして王都の店と取引しているのだろう?)


 納品先の店主達からお礼を言われ、村と王都で取引出来ていることに内心首を傾げつつ、馬車を走られていた木こりは買い物リストに目を通す。



「さて、次は買い物なんだけど……あった、あのお店ね」



(あれっ? あの店って、確か……)


 目的の店を見つけてリストを懐に入れようとした時、前から女性の甘ったるい声が聞えた。



「メストさまぁ~! 私、今度はあのお店で宝石を買いたいですぅ~!」

「っ!?」



(今、『メスト様』って聞こえた気がするんだけど)


 聞き覚えのある名前が耳に届き、木こりは声が聞えてきた方に目を向ける。



「あっ……」



 木こりの視線の先には、フリルがたっぷりあしらわれたピンクのドレスに身を包んだ貴族令嬢が、ラフな格好で帯剣している貴族令息の腕を掴みながら上目遣いで媚びていた。



「ダッ、ダリア? さっき訪れた店の前の店で宝石を買っていなかったか?」

「あれは、今度行われるお母様主催のお茶会で身につける宝石を買ったんですぅ! そして、今から行くお店は、近々メスト様のご実家であるヴィルマン侯爵家で行われるお茶会で身につける宝石ですぅ!」

「そっ、そうか……まぁ、今日はダリアの為に時間もお金も使いたいから別に構わないが」

「まぁ! メスト様って本当に素敵な婚約者ですわ~!」



 引き攣った表情をしたメストを一瞥した木こりは、そのままダリアに視線を移す。



(あの方が、婚約者。いかにも貴族令嬢って感じだけど……それにしては、少々品に欠けている気がする)



「でもまぁ、には関係無いことね」



(だって、今の私はだから)


 人目を気にせず婚約者に抱き着いている令嬢と、そんな彼女を受け止めて優しく頭を撫でている令息。

 そんな2人の甘い雰囲気に、一瞬だけ下唇を噛んだ木こりは、2人の邪魔をしないように通り過ぎると、目的の店の邪魔にならない場所で幌馬車を止めた。





「さて、ここでは魔石を買わないとね」



(丁度、キッチンに置いてある火と水の魔石が切れそうだったし……村人達の分とは別で見繕ってもらおう)


 魔道具の核である魔石は、初級魔法1回分の魔力しか持っていない平民にとって、魔力を消費せずに属性魔法が使えるとあって、とても重宝されており、日常的に使われている。


 魔石を手に入れる方法として、魔力を凝縮して精製するか、魔物を討伐するかの2つの方法がある。

 また、魔石を精製する者の技量や魔力量、魔物の希少性や強さによって魔石の品質が変わってくる。

 その為、ペトロート王国では品質の良く高価なものは貴族用、悪くて安価なものは平民用と分けて販売されている。

 もちろん、貴族の中にも平民用の魔石を使っている人もいるし、その逆もいるのだが……



「この店は、現役冒険者様が平民に向けに魔石を売っているから、貴族が滅多に来ないということで安心して買えるのよね」



 小さく息を吐いた木こりが店のドアを開けると、カウンターの奥で頬杖をついて座っている男性と目が合った。



「いらっしゃい……って、何だ。木こりさんか」

「こんにちは、店主様」



(あれっ? 今日の店主様、どことなく……)


 不機嫌そうな顔で頬杖をついている店主に、小首を傾げた木こりがカウンターに近づく。



「珍しく疲れた顔をされていますね」

「あぁ、分かるか? 木こりさんよ」

「はい、何となくですが」



 木こりの指摘に大きく溜息をついた店主は、ゆっくりと立ち上がってカウンターを出ると、木こりが持っていたリストを奪い取った。



「あっ、それと、そのリストとは別に火と水の魔石をお願いします」

「あんたの分か?」

「そうです」

「はいよ」



 やる気の無い返事をした店主は、近くにあった買い物かごを持つと、店内に陳列されている無数の魔石から、リストに記載されている魔石を見繕い始めた。



「なぁ、木こりさん。俺が仕事している間、少しだけ愚痴に付き合ってくれてもいいか?」

「はい。というか、いつも付き合っているではありませんか」

「ハハッ、そうだったな」



 力なく笑った店主は小さく溜息をつくと、手と目を動かしながら愚痴を零す。



「実は、木こりさんが来る前、珍しくこの店にお貴族様が来たんだよ」

「えっ、珍しいですね」

「あぁ、しかもカップルで」

「カップル……」



(貴族がこの店に来ること自体、とても珍しいことなのに、カップルでこの店に来るなんて……)


 所狭しに魔石が陳列されている店内を一瞥した木こりが首を傾げると、慣れた手つきで魔石をかごに入れていく店主の口角が上がる。



「何でも、彼氏の方が王都に来たばかりの貴族令息らしく、その令息にも『この店が平民向けての魔石を扱っている店だ』って言ったんだ。そしたら……」

「そしたら?」



 一瞬眉を顰めた木こりに、手を止めた店主は笑みを深くする。



「『そうなのですね』って返事をすると、ご丁寧に『店内を見ていいですか?』聞いてきたんだ」

「へぇ~、随分と物好きなお貴族様ですね」

「ガハハハッ! そう思うだろ? まぁ、たまに他国から来た魔石好きの貴族が立ち寄ってくれるんだけどな」

「そうなんですね」



(まぁ、貴族でもなければ魔石好きでもない私には、その時の店主と令息の考えては到底理解出来ないけど)



「それで、その令息に『好きなだけ見てもいいぞ』って返事をしたんだが……」



 清々しい笑みを浮かべていた店主の表情が、途端に険しいものに変わった。


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