「一通り店内を回り、彼氏の方が火の魔石を買った途端、彼女の方が『メスト様! 王都にこんなかび臭い店なんて似合いませんよね!』っていきなり叫んだんだよ」
「はっ?」
(店を回った挙句に、いきなり店のことを罵倒するなんて。それに……)
「『メスト様』って、もしかしなくても……」
『メストさまぁ~! 私、今度はあのお店で宝石を買いたいですぅ~!』
店に来る前に見かけた令嬢を思い出し、木こりは一瞬だけ啞然とした表情で呟く。
その木こりの呟きが聞こえなかった店主は、物凄く嫌そうな顔で持っていた火の魔石を握り締めると大きく息を吐いた。
そして、握り締めていた魔石をかごに入れると仕事に集中した。
「まぁ、彼女の方は店に来た時からずっと不機嫌だったし、それを隣で聞いていた彼氏は、すぐに彼女のことを諌めた。だが、『メスト様は、婚約者である私の味方ではないのですか!』って癇癪を起したんだ」
「あぁ……」
(それはまた……大層貴族意識の高いご令嬢だったのね。まぁ、さっき見かけた時に思ったけど)
そんなことを考えていると、魔石を見繕い終えた店主が、かごを持ってカウンターに戻るとカウンター下から小袋を何袋か取り出した。
そして、リストを一瞥した店主は、かごいっぱいの魔石達を選別して小袋に入れていくと、小袋についているタグに羽ペンでリストの中にある名前を書いた。
「そんで、癇癪を起した彼女さんをどうにか宥めた彼氏さんは、店主である俺に深く頭を下げると、膨れっ面の彼女さんを連れて店を出たんだ」
「平民に対して貴族が頭を下げるなんて……その彼氏さんの方は、随分と貴族らしくない貴族なんですね。彼女さんの方は随分と貴族らしい貴族令嬢さんのようでしたけど」
カウンターの前に立った木こりの言葉に、店主が小さく頷く。
「そうだな。だが、あんな女に惚れた男なんだ。もしかすると、彼氏さんの方も彼女さんと同じ性格をしている奴かもしれないぞ」
「いや、必ずしもそうとは限りませんよ」
「えっ?」
作業の手を止めて顔を上げた店主に、木こりは仕分け前の魔石達から手のひらに乗る大きさの火の魔石と水の魔石を両手に持つと、その魔石を男女に見立てた。
「私たち平民は、貴族と繋がりのある豪商でもない限り、お互いに好意があれば恋人になれますし、教会に祝福してもらえば夫婦にもなれます」
「まぁ、大半がそうだよな」
店主の返事に小さく頷いた木こりは、今度は魔石で埋め尽くされているカウンターに空間を作ると、両手に持っていた魔石を置き、その周りを大小様々魔石で囲った。
「ですが貴族の場合、自家の繫栄を重視しています。つまり、貴族にとって結婚とは、自家がより繫栄するための手段なのです」
「手段……」
「はい。ですから、お互いの好意が無くても恋人……いや、夫婦になれるのです」
(それが、貴族に生まれた者の定めだから)
「申し訳ございません。店主様の仕事場を荒らしてしまいました」
「いや、良いんだ。むしろ、勉強になった。というか……」
平民と貴族における結婚の違いについて、淡々と説明していた木こりに、店主が鋭い視線を向ける。
「あんた、
(まぁ、そうでしょうね。だって、この国の平民は……)
店主から警戒されていると肌で感じた木こりは、小さく息を吐くと険しい顔をしている店主と目を合わせる。
「実は私、王都に来る前は
「そうだったのか! それなら知っていても不思議じゃねぇな! ごめんな、さっきの貴族のせいで、『もしかして、お前も貴族なのか?』って疑っちまった!」
「構いません。特に気にしていませんので」
無表情の木こりに、少しだけ引き攣った笑みを浮かべた店主は、カウンターに視線を戻すと仕事に戻った。
(そういえば、先代の遺志を引き継いだこいつが、店のお得意さんになってしばらく経つが、こいつが貴族の屋敷を働いていたなんて初めて知った)
「まぁ、今まで俺がこいつのことを知ろうとしなかったからだろうけど」
「何か言いました?」
「いや、何でも」