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第220話 レクシャ・サザランス

「陛下、わざわざ下級文官の方の名前で呼んだのから、陛下もそれに合わせて下さい」

「フン! そんな奴は呼んでいない! 俺が呼んだのは、下級文官じゃなくて腹黒だ!」

「ハァァァ……」



(全く。あなたって方は、こういうところは幼い頃に出会った時から全く変わっていませんね)


 不機嫌そうにそっぽを向く皇帝を見て、幼馴染である宰相は呆れたように深い溜息をつくと、目の前で片膝をついている彼に目を向けた。



「申し訳ございません。陛下には、何度も説明したのですが……」

「良いのですよ。陛下の性格を考えれば、偽の名前を呼ばないことくらいは分かっていましたから」

「ありがとうございます。では、私もその名で呼んでもよろしいでしょうか?」

「フン! 貴様だって、その名で呼びたかったのではないか」

「陛下、これはあなた様の失態を尻拭いするという意味もあるのですよ」



 ご機嫌斜めに鼻を鳴らす皇帝を見て、少しだけ苦笑いを浮かべた下級文官は、そのまま宰相に視線を戻した。



「構いませんよ。陛下から本当の名前を呼ばれた時、あなた様も呼びたそうにこちらを見ていましたから」

「アハハッ、これはお恥ずかしいことを」

「ほら、貴様だって呼びたかったのではないか」



 勝ち誇った笑みを浮かべた皇帝は、すぐさま笑みを潜めると先程まで頭を垂れていた人物に目を向けた。



「さて、レクシャ。貴様がどうして下級文官としてこの国に来ることになったのか聞かせてもらおうか?」





「その前に、1つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、許そう」

「ありがとうございます」



 深々と頭を下げたマクシェル……レクシャは、恭しく頭を上げると2人のことを交互に見やった。



「お2人は……フィアンツ帝国は、ペトロート王国のことについて、どこまで把握しておられるのでしょうか?」



 その瞬間、皇帝と宰相の顔が揃って曇った。



「それは……」



 気まずそうに視線をレクシャから逸らした宰相を一瞥し、小さく溜息をついた皇帝は、不機嫌そうな顔で頬杖をつきながら答えた。



のある日、突然我が国からペトロート王国に行くことが出来なくなった。そしてそれは、我が国だけではなく貴国と関係を持つ周辺諸国にも起きた」

「……それからしてすぐ、貴国から王国民ではない者達が次々と追い出され、その日を境に、王国のあらゆる情報が出なくなりました。これが、現時点で我が国が把握している、貴国に関する情報です」

「なるほど」



(3年前のある日……恐らく、俺がに立場を追われた翌日だろう)


 3年前のことを思い出し、小さく拳を握ったレクシャ。

 そんな彼に、皇帝は今回のレクシャの来訪の意味について話した。



「だから、今回の貴様の来訪は、我が国にとっても周辺諸国にとっても願ったり叶ったりだった」



(本当は『今更、どの面下げて来た? 突然、一方的に我が国との国交を絶ったくせに』と、この腹黒宰相をネチネチと問い詰めてやっても良いのだが……)



「それでは、聞かせてくれ。ペトロート王国の現状を」

「……かしこまりました」



(それは、こいつの口から出る王国の現状を聞いてからでも良いだろう。どうせ、周辺諸国も帝国と同じように、王国の現状を知りたいだろうから)



「では、単刀直入に申し上げましょう」



 静かに目を細めた皇帝と宰相に、意を決して表を上げたレクシャは、帝国と王国双方の存続を揺るがしかねない王国の現状を口にした。



「皇帝陛下、並びに宰相閣下に申し上げます。我が国は、再び300年前の過ちを繰り返そうとしています」





「『300年前の過ち』……って、もしかして!?」



 レクシャから伝えられた王国の現状を聞いて、宰相の顔がみるみるうちに青ざめ、皇帝の表情が一気に険しいものに変わった。



「レクシャ。貴様、その言葉の意味を分かって言っているんだろうな?」



 地を這うような低い声で聞かれたレクシャは、真剣な表情のまま深く頷いた。

 その瞬間、勢いよく玉座から立ち上がった皇帝は、そのまま玉座から降りてレクシャの前で立ち止まると、レクシャの胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせた。



「貴様!! サザランス公爵家がどうして出来たのか理解しているのだろうな!?」

「もちろん、理解しております」

「っ!!」



(だったら、どうして……!!)


 淡々と答えるレクシャに、鬼の形相をした皇帝が掴んでいた手に力を入れると、烈火の如くレクシャを問い詰めた。



「だったら、どうして300年前の過ちが起きようとしているんだ!! 300年前、ペトロート王国が我がフィアンツ帝国に対し、どんな愚かなことをしたかを……」

「分かっております!!!!」

「っ!?」



 突如として感情を爆発させたレクシャに、虚を突かれた皇帝は胸倉を掴んでいた手を少しだけ緩めた。

 それに気づかないレクシャは、こみ上げた想いをぶちまけた。



「我がペトロート王国が、フィアンツ帝国に対してどのような愚かなことをしたかを! その償いとして、我がサザランス公爵家が出来たことも!」

「レクシャ……」



 レクシャの怒りを見て冷静になった皇帝は、そっと彼から離れた。

 そんなレクシャの手には、血管が浮き出る程の拳が作られていた。


(分かっていた! 知っていた! それでも……それでも俺は、止めることが出来なかった!!)


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