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第221話 300年前の悲劇

 300年前、ペトロート王国の貴族達が突如、大軍勢を率いてフィアンツ帝国に対して領土拡大を狙った戦争を仕掛けた。

 その当時のフィアンツ帝国は、数百年にも及んだ内乱を収めたばかりで、治安が乱れに乱れており、国としての整備に急を要していた。

 そんな中での隣国からの宣戦布告に、当時の皇帝陛下は併合した元元首達に自ら声をかけて纏め上げると、押し寄せてきた王国軍をあっという間に返り討ちにした。

 その裏で、王国側の宰相は、国王に対して大胆な暗殺を仕掛けようとしていた。

 しかし、此度の戦争の黒幕が宰相だと知っていた国王は、自ら囮となり暗殺を未遂に終わらせると、そのまま首謀者である宰相を捕らえた。

 その後、国王と皇帝で話し合いの場を設けると、ペトロート王国側がフィアンツ帝国側から出されたいくつかの条件を全て飲んだ。

 こうして、王国と帝国の戦争は瞬く間に終戦を迎えた。

 この戦争は後に、『ペトロート王国最大の汚点』として、王国帝国共に歴史として広く語り継がれていたのだが……





「………ということは、ペトロート王国は本当に300年前のバカをやらかそうとしているのか?」



 玉座に戻った皇帝は、レクシャからここ3年もの間、一方的に閉ざされた王国の内情を聞くと、レクシャに対して厳しい視線を向けて問い質した。

 それに対し、一瞬眉を顰めたレクシャは、片膝をつきながら視線を落としたまま訂正をした。



「勘違いしないでいただきたいのは、ペトロート王国ではなく、がバカなことを起こそうとしていることです」

「つまり、貴国の国王陛下は我が国との争いを望んでいないということでしょうか?」

「その通りです」



 宰相の問いにレクシャが深く頷くと、玉座で厳しい顔をしていた皇帝が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。



「フン! まぁ、あの腰抜けに見えて実はたぬきの国王が、そんな下らないことを望んでいるわけがないよな」

「陛下、隣国の国王に対して『腰抜け』だの『たぬき』なんて……」

「事実だろうが。そうじゃなきゃ、こんな腹黒宰相を側近に置くわけがない」

「陛下……」



(いくら仲が良いからって、その言い方はさすがにあんまりですよ)


 隣国の国王に対して憎まれ口を言う皇帝に、宰相は深く溜息をつきながら額に手を添えた。



「まぁ、貴様の話で、かつての宰相家がまたバカなことをしようとしているのは分かった。だが、どうしてお前が文官を名乗ってこちらに来た? 当時は貴族が対象だったろうに」



 宰相からレクシャに移した皇帝が再び問い質すと、レクシャは眉を顰めながら拳を握った。



「それは……があまりにも多すぎまして」

「人質?」





「人質とは、一体どういうことでしょうか?」



 首を傾げる皇帝の言葉を代わり宰相が聞くと、レクシャの表情が更に沈痛なものになった。



「陛下は、かつての宰相家だったインベック家が、闇魔法使いを多く輩出する由緒ある家だということをご存知でしょうか?」

「あぁ、もちろんだ」



 サザランス公爵家が宰相家と呼ばれる前、ペトロート王国で宰相家と言えば、建国時から貴族達を纏め上げ、国王と共に王国を支えていたインベック公爵家だった。

 そのインベック家は、あらゆる闇魔法使いを輩出する家として王国のみならず、周辺諸国でも一目置かれる有名な家だった。

 それ故に、インベック家では代々、王国の陰に蔓延るあらゆる悪事を類稀なる闇魔法で処罰したり未然に防いだりしていた。



「あの争いが起こるまでペトロート王国が平和だったのは、ひとえにインベック家が表に裏にと活躍していたからですよね?」

「はい。闇魔法においては王国随一……いや、大陸随一を誇ったインベック家は、王国の平和のためならば自らの手を汚すことも厭わなかったです」

「だから、歴代の国王達はインベック家をより動きやすくするために、宰相家として自らの傍に置いた……宰相の座に相応しい優秀な政治能力も加味した上で」

「えぇ、歴代インベック家当主の政治能力は、宰相として国の政に携るには十分すぎるくらいとても優秀でした……



 そう言うと、レクシャは暗い顔をして静かに口を閉じると僅かに視線を落とした。

 それを見た皇帝は、少しだけ呆れたような顔で溜息をついた。



「だからだろう、信頼を置いていたインベック家が代替わりをした途端、得意の闇魔法で貴族達を束ねて戦争を起こし……あまつさえ、国王暗殺と企てていたなんて思いも寄らなかった。それは、黒幕を捕まえた当時の国王ですら」


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