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第225話 野心家ノルベルト

「学園を卒業し、無事に成人したノルベルトは、爵位を譲られる前までは、王都のタウンハウスで領地経営に携わりつつも、父親の側近として働いていたそうです」

「ほう。バカ息子に領地経営をさせていた上に側近として働かせていたのか」

「陛下、言葉がすぎますよ」



 主を咎める宰相に、レクシャは小さく苦笑した。



「そうですね。ノルベルトも良い歳でしたし、前インベック伯爵もノルベルトが貴族としての責務を果たしているということを対外的にアピールしたかったのでしょう」

「バカ息子を持つ父親も大変だな」

「陛下!」



 皇帝の歯に衣着せぬ言葉を宰相が咎めると、レクシャは小さく笑みをこぼした。



「とは言っても、領地経営は現地にいる執事がやっていましたし、父親の側近と言っても、主に雑用をしていましたよ」



(そこそこ知恵が回るくせにプライドが高いノルベルトは、誰からも仕事を任せてもらえなかった)



「ですが、それが仇となってしまったのです……」

「仇になっただと?」

「はい……」



 そう呟いたレクシャは、静かに俯いた。



「父親の側近として働く傍ら、ノルベルトは闇市で買ったと思われる転移魔法が付与された魔道具を使い、領地へ行くと改竄魔法の練習をしていました」

「「っ!?」」



 絶句する皇帝と宰相に、レクシャは話を続けた。



「最初は、執事のしょうもない記憶を改竄。そこから、使用人達や領民たちと記憶を改竄する人数を増やしつつ、改竄する記憶の量も増やしていったのです」

「そうして、改竄魔法の精度を上げていったのですか?」



 眉を顰めた宰相からの問いに、レクシャは小さく頷いた。



「はい。そうしているうちに、領内の異変を察知した前インベック伯爵は、使用人達や領民が改竄魔法にかかっていることに気づいたのです」

「それで、そのバカ息子に問い詰めたのか?」

「えぇ、ある程度証拠を揃えた前インベック伯爵は、ノルベルトを問い詰めたそうです」



(そこで、息子が素直に自白してくれることも信じていたらしいが……)



「だが、当の本人はしらばっくれたんだろ?」

「えぇ、『一体何の話をしているんだ?』と少々小ばかにしながらしらばっくれたそうです」

「フン、そんなことになるくらいならさっさと廃嫡すればいいものを……」

「陛下、それは自分の息子にも出来ることですか?」

「まぁ、王族としては民の為を考えたら致しかたないだろ」



 不機嫌そうな顔で頬杖をついた皇帝に、顔を上げたレクシャに困ったような笑顔を向けた。



「本当なら、それが良かったのでしょう……ですが、魔法が魔法です。廃嫡して平民に落とした場合、どこでその力が暴走して王国に悪影響を与えるか分かりません」

「そうだな。それなら、自分の管理が届くところに置いていた方がマシか。調子に乗ったバカのお陰で、無駄に家名を貶めるようなことはしたくないだろうしな」

「まぁ……そうですね」



 苦笑するレクシャに向かって、笑みを潜めた皇帝が姿勢を正した。



「それで、しらばっくれた息子に対して、父親はどうしたんだ?」



 真剣な顔で問いかける皇帝に、レクシャは小さく頷いた。



「はい。ノルベルトが一切自白しなかったことに失望したのと同時に危機感を覚えた前インベック伯爵は、爵位を譲る前、ノルベルトに対して『結界の管理だけは自分とノルベルトの弟である次男がする。これで納得しなかったら、当主の座は次男に引き継がせる』と脅したのです」

「ほう、実の息子を脅したのか? 前インベック伯爵は随分と豪胆なことをしたな」

「それくらい、結界魔法の維持をノルベルトにさせたくなかったのです」

「なるほど。それで、そいつは納得したのか?」

「えぇ、さすがのノルベルトも、その時は渋々といった形で納得したみたいです」



(ノルベルトにとって、当主の座と同じくらい結界魔法は大事だった。それを分かっていた前インベック伯爵は、当主の座と引き換えに結界魔法をノルベルトの手に渡らせなかった)



「でもまぁ、闇魔法の一族にしては随分と理性的なやり方じゃないか」

「陛下、家の存続を考えれば当然の決断ですから、闇魔法は関係ありません」

「すまんすまん。だが、そのバカ息子はやはり納得していなかったのだな?」



 厳しい顔をする宰相からの問いに、レクシャは僅かに眉を顰めた。



「はい。彼はあまりにも野心家で……そして、分かりやすく大胆で狡猾な男でした」

「狡猾な男だと?」

「えぇ、そうです」



 皇帝と宰相が揃って眉を顰めた時、ゆっくりと顔を上げたレクシャは目を細めた。



「父親から結界魔法の管理を任せられないと分かったノルベルトは、当主の座を正式に引き継いだその時に父親とその場に同席していた弟にのです」


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