「それで、その魔法陣がどうして改竄魔法に使われた?」
皇帝からの問いに、レクシャは表情を歪ませると静かに俯いた。
「それは……その魔法陣を管理していたのが、インベック伯爵家だったのです」
「あの闇魔法の一族が? どうしてそんな奴らに管理を任せていた?」
(そんな信用ならない奴らに任せることでもないだろうが)
皇帝からの容赦ない言葉に、レクシャは一瞬下唇を噛むと静かに口を開いた。
「実は、王国全土に魔法陣を布くことを提案したのは、前インベック伯爵様だったのです」
300年前に戦争を起こした後、伯爵に降格したインベック家は、『王国の陰』として王国全土を飛び回り、王国内に潜む悪を得意の闇魔法で葬り去らせていた。
そしてそれは、前インベック伯爵も例外ではなかった。
幻影魔法を得意とし、若い頃から王国全土を飛び回っていた彼は、魔物の出現で村が甚大な被害を与える光景を幾重にも目の当たりしていた。
もちろん、魔物が出現してすぐに第二騎士団が駆けつけて討伐していたので、村が壊滅することは無かった。
だが、村に残った魔物の跡を見る度に、前インベック伯爵は心を痛めていたという。
そこで、彼はレクシャの父にあたる前サザランス公爵に、当時、防衛の最終拠点として王都に布かれていた結界魔法を王国全土に広げるよう進言した。
「当時の宰相……私の父も、仕事で王国のあちこちに視察に行くことがありました。ですから最初は、『第二騎士団がいるから』という理由で、最初は前インベック伯爵様の提案を却下しました。しかし、前インベック伯爵様の熱意と、彼と彼の部下と共に纏めていた資料を見た父は考えを改め、国王陛下や数多の貴族達と話し合った上で、帝国と同じように、王族にしか使えない光魔法を軸とした結界魔法を王国全土に張ることを決断したのです」
そして、レクシャの父親が王国全土に結界魔法を張ることを決断した数年後。
レクシャが宰相になる直前、帝国からの技術提供の甲斐あって、王国全土に光属性の結界魔法が張られた。
「結界魔法を布かれてからは、王国全土における魔物の発生率は激減しました。ですが……」「今はバカに悪用されて機能されていないと」
「そういうことです」
(ノルベルトが魔法陣を乗っ取ったことにより、純白の綺麗な光を放っていた魔法陣は、今ではこの世の闇を詰め込んだような漆黒に染まってしまった)
怒りと悔しさで拳を強く握ったレクシャに対し、皇帝は呆れたように深く溜息をついた。
「だとしたら、どうしてそうなる前にインベック伯爵家を解体しなかった? お前だったらその程度は容易いことだろ?」
(何せ、お前の親戚筋にあたるサザランス侯爵家は……)
眼光を鋭くした皇帝が、御前にいる人物を睨みつけると、拳を握ったレクシャが悔しさを露わにしながら口を開いた。
「それは、ノルベルトが父親から爵位を継承した直後、改竄魔法で結界を管理していた父親と当時父親と共に弟を
「はっ?」
(息子が改竄魔法で父親を自らの駒にしただと?)
唖然とする皇帝を前に、ノルベルト・インベックのことについて話し始めた。
「改竄魔法の使い手であるノルベルト・インベックは、幼い頃から300年前の悲劇を起こそうと考えていたそうです」
「っ!?」
(幼少期からだと!?)
言葉を失う皇帝の隣で、眼鏡をかけ直した宰相が眉間に皺を寄せながら問い質した。
「どうして、幼い頃からそんなことを?」
「それは、ノルベルトに改竄魔法が発現することを知った前インベック伯爵が、戒めとして幼い息子に対して、300年前の悲劇のことを話したからです」
息子に魔法の発現の兆しが見えた前インベック伯爵は、幼いノルベルトを連れて教会に向かい、発現する魔法が分かる水晶で見てもらった。
その時にノルベルトが改竄魔法を発現させると知った前インベック伯爵。
インベック家最大の汚点である300年前の悲劇が頭を過った前インベック伯爵は、まだ魔法が発現させる前の息子に対し、教育の一環としてインベック家の汚点を散々教え込んだという。
しかし、改竄魔法を宿した者の宿命なのだろう、自分の魔法が特別なものだと知ったノルベルトは、『いつか自分も王国で一番偉い人になり、他国を乗っ取ってしまおう』と幼心ながら野心を抱いてしまった。
そして、改竄魔法をその身に宿したノルベルトは、成長するにつれて幼い頃から抱いていた野心を次第に大きくしていった。
「幼少期から野心を抱いていたノルベルトは、『王国の陰』としての仕事には積極的ではありませんでした。ですが、結界魔法の維持の仕事だけはやたら興味を示したというのです」
「つまり、その『ノルベルト』という愚か者は、幼い頃から結界魔法を使って野心を実現させる道筋を立てたということでしょうか?」
「その通りです」
深く頷いたレクシャは、昔前インベック伯爵から聞いた話を思い出した。
(結界魔法の維持にやたら興味を示した幼い息子に、前インベック伯爵は疑心暗鬼になりつつも、管理している数ある結界魔法の魔法陣の1つを彼に見せた。その時、ノルベルトが『これで、俺は王様だ』と呟いたという)
小さく俯いたレクシャに対し、皇帝は呆れたように深く溜息をついた。