「……陛下、恐れながら宰相としての失言を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「良いぞ。俺も貴様と同じことを思ったから」
「ありがとうございます。では、失礼して……」
深々と頭を下げた宰相が、皇帝の前で失言を口にした。
「もし、この情報がレクシャ殿以外の者……今のペトロート王国の上位文官から齎された場合、我が国はペトロート王国に対して、喜んで戦争を仕掛けていたでしょう」
「っ!?」
小さく下唇を噛んだレクシャをよそに、皇帝は静かに頷いた。
「そうだな。何せ、我が国は貴国から一方的に貿易や人の行き来を禁止されたんだ。それ相応の報いを受けてもらわないといけないだろ」
「…………」
(分かっていた。分かっていたはずだ。皇帝陛下や宰相閣下に今の王国の現状を口にした時、間違いなく戦争を仕掛けられてもおかしくないと)
再び俯いて拳を握ったレクシャに、皇帝陛下は小さく笑みを浮かべた。
「だが、こうしてレクシャが身分を偽ってまでも帝国に来たということは、あの国王はそのバカをこれ以上好き勝手させるつもりも一切無いということだな?」
「はい、おっしゃる通りでございます。皇帝陛下」
「全く、あのたぬきが考えることだ」
呆れたように溜息をついている皇帝を一瞥し、レクシャは僅かに笑みを浮かべた。
『レクシャ、私の代わりに皇帝陛下に謁見して我が国の現状を伝えて欲しい。そして、あの偉そうな皇帝に助力を求めて欲しい』
(陛下、私が言わなくても皇帝陛下はあなたの思惑をある程度予想されていましたよ)
そんなレクシャに対し、皇帝は不思議そうに首を傾げた。
「それにしても、どうやってその愚か者は国民全員に改竄魔法を施した? ペトロート王国民全員となれば、それ相応の魔力が必要だろうが?」
「確かにそうですね。我が国が把握している改竄魔法の使い手でも、帝国民全員の記憶を改竄出来る人間はいないです」
主の疑問に宰相が賛同して首を傾げると、口元を引き締めたレクシャが再度表を上げた。
「それは、王国の各所に設置されている
「結界用の魔法陣?」
眉を顰める宰相の横で、首を傾げる皇帝にレクシャは静かに頷いた。
「はい。実は、我が国は帝国と同様、王国全土に光属性の結界魔法を張っていました」
「それは、魔物の出現を抑えるための結界魔法ということでしょうか?」
「そうです」
宰相とレクシャのやり取りを聞いて、何かを思い出した皇帝が深く頷いて納得した。
「あぁ、かなり前に貴国が我が国に対して技術提供を申し込んだあれか! 確かにあれなら、皇族としての役目が増える分、帝国領内での魔物の発生が一気に減るな!」
「陛下、他国の家臣の前で明け透けも無いことを言わないで下さい」
「事実だろうが」
「それは、そうかもしれませんが……それに、そちらのお役目は現在、皇太子殿下と皇女殿下が主に担っているではありませんか」
「何を言っておる。この前は、私自らが結界を維持している水晶に魔力を注ぎ込んだぞ?」
「それは、どちらも視察に出ていたからで……」
(そう言えば、私も宰相をやっていた頃はこうして陛下とやり取りをしていたな)
目の前で繰り広げられる皇帝と宰相の攻防戦を見て、レクシャは在りし日のことを思い出した。
『陛下。今からアラーテ村に行き、洪水被害の実態を見てきます』
『待て待て、宰相のお前が自ら行くことが無いだろう』
『いえ、陛下自ら村に視察に行かれるより、私が行った方が良いかと』
『それは、レクシャが忙しいと思って代わりに……』
目の前で繰り広げられている2人の軽快なやり取りに、レクシャが懐かしむようにそっと笑みを浮かべていると、レクシャの視線に気づいた宰相が小さく咳払いをした。
「コホン。レクシャ殿、見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お二方が相も変わらず仲が良さそうでとても安心しました」
「仲が良い? まぁ、こいつとは小さい頃からの腐れ縁だから、そう見えるかもしれないが……」
レクシャからの生温かい視線に、照れくさそうに頬を掻いた陛下は小さく溜息をついた。そして、真剣は表情でレクシャに視線を向けた。
「それで、その魔法陣がどうして改竄魔法に使われた?」