「……申し訳ございません。皇帝陛下の御前でみっともない姿をお見せ致しました」
一頻り泣いたレクシャは、宰相からハンカチを借りて落ち着くと、深々と頭を下げた。
そんな彼に対し、皇帝は小さく鼻を鳴らした。
「構わん。腹黒宰相だって所詮は人の子だ。むしろ、よく今の今まで耐えたな」
「えぇ、まぁ……」
(大切な国民の命が……特に、家族の命がかかっているのだ。耐えるしかない選択肢が無かった)
「情けない話なのは思っています。家族を人質に取られて宰相の座を……国を追われるようなことになるなんて」
「そうだな。確かに、『切れ者宰相』と言われている貴様にしてはあまりにも情けない話だな」
「陛下、レクシャ様に対して何と……」
「事実だろうが」
小さく鼻を鳴らした皇帝は、心底悔しそうに小さく下唇を噛んだレクシャに視線を落とした。
すると、ふとノルベルトが事を起こしたタイミングが気になった。
「だが、どうして当主の座を手に入れたタイミングで、国民全員に改竄魔法をかけたんだ?魔法をかけるだけなら、わざわざ当主の座を手に入れなくても、学園を卒業したタイミングで事を起こしてもおかしくないはずだ」
「確かに、国民全員に改竄魔法をかけるだけなら、当主の座なんて手に入れなくても良かったはずですね」
「そっ、それは……」
揃って小首を傾げた皇帝と宰相に、レクシャが気まずそうな表情で顔を背けた時、扉の方から男の声が聞えた。
「それは、改竄魔法の使用魔力に大きく影響してくるからですよ」
「え?」
「おぉ、やっと来たか。我が国の『天才魔法師』よ」
ノルベルトが使う魔法を口にしながら、謁見の間に入って来たのは、フィアンツ帝国の筆頭宮廷魔法師マーザス・アラウェイだった。
柔和な笑みでレクシャの隣まで歩いてきたマーザスは、すぐさまその場で片膝をついて頭を垂れた。
「皇帝陛下。遅くなってしまい、大変申し訳ございませんでした」
「よい。どうせ、貴様の弟弟子から預かった物を王国から来た使者に渡していたのだろう?」
「はい。それもありますが……」
苦笑いを浮かべたマーザスは、視線を皇帝からレクシャに移した。
「レクシャ殿、あなた様が遣わした彼らにかかっていた魔法を解いてしまいました」
「そう、ですか……」
(ということは、ロスペルの言う通り、カトレア嬢とラピス君は全てを思い出してしまったというわけか)
マーザスの報告を聞いたレクシャは、嬉しさと申し訳なさの気持ちが同時にこみ上げた。
そんなレクシャの反応を見て、マーザスは眉を少しだけ八の字にした。
「言い訳になりますが、私はあなた様のご子息と交わした約束を守った上で、彼らにかかっていた魔法を解きました」
「分かっています。そこは、息子からも聞いておりますから」
「そうでしたか」
レクシャの言葉を聞いて、マーザスが安堵の笑みを浮かべると、2人の会話を聞いていた皇帝が眉を顰めた。
「マーザス、先程から貴様が言っている『あの魔法』というのは、もしかして……」
「えぇ、ノルベルトという愚か者が、ペトロート王国の国民全員……いえ、
「つまり……マーザス様は、愚か者がかけた改竄魔法を解いたのですか!?」
驚きの声を上げる宰相に、マーザスは腰に携えていた小さなマジックバックから銀色の杖を取り出した。
それを目にした瞬間、レクシャの目が大きく見開いた。
「マーザス殿、それは……」
「戻ったらちゃんと2人にお返します。ですが、今は2人とも、改竄魔法の副作用で寝ていますので、用心のために持ってきたのです」
「そう、でしたか……」
安堵の溜め息をついたレクシャを一瞥し、ゆっくりと立ち上がったマーザスは皇帝と宰相に銀色の杖を見せた。
「こちらは、我が弟弟子が愛用していた杖で、ここには複数の非属性魔法の魔法陣が刻まれています」
「ふむ、確かに杖には多くの魔法陣が刻まれているな。マーザスは、それを使って改竄魔法を解いたのか?」
「はい。この杖には『解呪魔法』の魔法陣が組み込まれているので、そちらを使って解きました」
「なるほど」
(見た限りでは、魔法陣同士での反発は起きていない。さすが、ペトロート王国の天才魔法師が使う杖をいうところか)
懐かしそうな目で杖を見ているレクシャに、小さく笑みを零した皇帝は、視線をマーザスに戻すと笑みを潜ませた。