「そうですね。ですが、家族だからこそ容赦なく
「フン、そうだな。全く不愉快ではあるが」
不機嫌そうに鼻を鳴らした皇帝から目を逸らしたマーザスは、久しぶりに会った2人のことを思い出した。
『それにしても、本当にすごいね。君たちにかかっている改竄魔法は』
『『っ!?』』
(あの時、2人にかかっていた改竄魔法は人格が変わるくらい重いものだった。特に、カトレア君の場合、いつ廃人になってもおかしくなかった。そして、2人には何度か改竄魔法がかけられた形跡があった。だけど、2人の自我ははっきりしていたし、会話も成立していた。レクシャ様の話を聞く限り、術者は改竄魔法に磨きをかけていた。だとしたら、ペトロート王国民も2人と同じ重い状態……いや、それ以上なのかもしれない)
「どうした、マーザス? 急に険しい顔をしたと思えば黙り始めて」
皇帝の言葉で現実に帰ってきたマーザスは、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません。少々、考え事をしておりました」
「考え事?」
眉を顰める皇帝に、顔を上げたマーザスは小さく頷いた。
「えぇ、先程、改竄魔法にかかった2人の王国の使者達と会ったのですが……正直、いつ廃人になってもおかしくないくらいの状態でした」
「っ!?」
「……それは、いつそのバカの駒になってもおかしくないということか」
「はい」
(そこまで深刻だったとは……これは、下手したら300年前の惨劇を引き起こしかねないぞ)
眉間の皺を深くした皇帝は、小さく溜息をつくとレクシャに視線を移した。
「それで、家族や国民が人質に取られ、あっさりと宰相の座を渡した貴様はどうするつもりだ?」
「陛下、いくら何でも言葉が……」
「言っておくが、300年前の件があるからな、貴国が我が国に攻め入った瞬間、返り討ちにした上で、貴国を我が国の属国にするぞ」
「分かっております」
宰相の言葉を無視した皇帝からの忠告に、レクシャは深く頷いた。
(そのために、サザランス公爵家が出来たのだから)
300年前、フィアンツ帝国はペトロート王国に対して条件を出した。
その1つとして、当時の宰相家だったインベック公爵家を伯爵家に降格させた。
そして、フィアンツ帝国の王侯貴族の1つであるサザランス侯爵家の次男とペトロート王国の令嬢を結婚させ、新たな貴族家である『サザランス公爵家』をペトロート王国の次なる宰相家としたのだ。
(最初は、サザランス侯爵家についている『2つ名』のお陰で、国民から多大な反発を受けたらしい。しかし、宰相の右腕として働いていた初代当主の類稀なる手腕で、あっという間に戦後処理を済ませると一気に国民の信頼を得たのだったな)
300年前にかけられた温情を思い出したレクシャは、一瞬笑みを零すと口元を引き締めてゆっくりと表を上げた。
「私は、ペトロート王国の宰相として、国民を惑わせているノルベルトに必ずや鉄槌を下します」
(例え、それで今度こそ自分の地位が追われることになったとしても)
真剣な表情のレクシャに、皇帝がニヤリと笑みを浮かべると頬杖をついた。
「ほう、それなら考えがあるんだろうな?」
「もちろんです。その上で、貴国に対してどうしてもお願いがしたいことがあり、こうして下級文官『マクシェル』として貴国に参り、皇帝陛下に謁見の機会を与えていただいた次第です」
「そう言えば、貴様が帝国に来る前に宰相宛に謁見の申し出があったな」
小さく頷いた宰相を一瞥した皇帝は、頬杖を止めると皇帝として威厳のある表情でレクシャに目を向けた。
「言ってみろ。帝国としても、自国を戦火に巻き込みたくはないのでな」
「ありがとうございます……では、単刀直入に」
恭しく頭を下げたレクシャは、小さく拳を握った。
(ノルベルトに何もかも奪われたあの日から、私は今日のために下級文官の仕事をする傍ら準備を進めた。全ては、ノルベルトから国や国民を救い、愛する家族を取り戻すために!)
『レクシャ、あとは頼んだぞ』
(分かっております。国王陛下)
脳裏に蘇った国王の言葉に背中を押され、レクシャは皇帝に向かってお願いを口にした。
「フィアンツ帝国の偉大なる皇帝陛下殿。どうか、【帝国の死神】の2つ名を持つ『サザランス侯爵家』の力を貸していただきたい」