「あの、本当なのですか?」
「何がだい?」
「王太子殿下が現在、侯爵領の執事として身を隠していることです」
(改竄魔法で王太子殿下の存在自体が消されたのも、信じられないことだが……)
皇帝との謁見を終えたレクシャとマーザスは、誰もいない大きな廊下を並んで歩いていた。
そして、先程のレクシャの話が俄かに信じられないマーザスは、足を止めるとレクシャを問い質し。
すると、その場で立ち止まってマーザスの方を振り返ったレクシャが、小さく頷いた。
「あぁ、皇帝陛下の御前で話したことは全て本当だ」
「っ!?」
目を見開いたマーザスが静かに拳を握ると、レクシャの視線が窓の向こうにある青空に向けられた。
「だが、それももうすぐで終わる」
「それは、我が国がレクシャ殿に力を貸すからでしょうか?」
「そうだ」
(もうすぐだ、もうすぐで全てが取り戻せる)
きつく拳を握ったレクシャは、マーザスに視線を戻すと微笑んだ。
「それよりもありがとう」
「えっ?」
「君は、我が息子との約束を守った上であの2人の魔法を解いたのだよね?」
「あっ……」
突然レクシャから感謝されたマーザスは、気まずそうな顔で足元に視線を落とした。
(本当は解くつもりなんて一切無かった。それくらい、あの2人の状態は酷かったから。けど……)
『解いてください!』
カトレアの決意した瞳を思い出し、マーザスは一瞬だけ奥歯を強く噛むと表情を緩め、視線を元に戻した。
「……私はただ、あなた様の息子との約束を守っただけです」
「そうか。でも、君のお陰で味方になってくれそうな人が増えそうだ。本当にありがとう」
(まぁ、彼らが味方になってくれるかどうかは本人達に聞かないと分からないが)
「っ!? そんな、頭をお上げ下さい! レクシャ殿!」
(あなた様に頭を下げさせたなんて陛下に知られでもしたら……)
弟弟子の父親に頭を下げられて狼狽えるマーザスに、レクシャは笑みを浮かべると深々と下げていた頭を上げた。
「改めて、マーザス君。君には、本当に感謝している」
「いっ、いえ……それと、杖は彼らにお返しした方がいいですよね」
「あぁ、そうしてくれ」
(きっと、今のカトレア嬢なら王国まで……持ち主である息子のところまで後生大事に持って帰ると思うから)
優しい笑みで答えたレクシャに、マーザスは小さく息を吐くと緩んでいた表情を引き締めた。
「では、弟弟子によろしくお伝えください」
「あぁ、伝えておく」
(きっと、我が息子も珍しく喜ぶだろう)
マーザスから言伝を預かったレクシャは、嬉しそうな顔で頷くとマーザスに背を向けた。
「それじゃあ、杖のことは頼む」
「はい、お任せください」
恭しく頭を下げたマーザスを一瞥したレクシャは、そのまま城を後にした。
「さて、カトレア嬢とラピス君はきっと私のところに訪れると思うが……」
カトレア達よりも一足早く宿の帰ってきたレクシャは、宿泊している部屋のベッドに寝転ぶと静かに目を閉じた。
(今日のところはいいだろう。彼らも、解呪魔法の影響で思うように動けないと思うから)
「それに、あの2人を引き入れるなら、2人の記憶と心の整理がついてからの方が良いだろう」
(特に、次男や娘と仲が良かったカトレア嬢は、ノルベルトから改竄されている記憶が多いに違いないから、尚更整理する時間が必要だろう)
記憶を思い出した2人をどうやって引き入れるか思考を巡らせたレクシャだったが、まさかマーザスと話しているうちに心と記憶の整理がついているなんて、この時は思いもしなかった。