「ん、んんん……?」
「目が覚めたか? カトレア」
(あれっ? 私、いつの間にか寝て……)
意識を浮上させたカトレアが目を開けると、そこには心配そうな顔で覗き込んでいるラピスがいた。
「ん? ラピス?」
ゆっくり体を起こしたカトレアの背中を、ラピスがすかさず支えた。
「大丈夫か?」
「えっ、ええっ……大丈夫よ」
「そうか」
安堵の笑みを浮かべたラピスとは反対に、ぎこちない笑みのカトレアは記憶を辿るように額に手をあてた。
(私、確かマーザス様に手紙を届けて、それから……)
『改竄魔法を解くね』
「っ!?」
(そうだわ。私、マーザス様から改竄魔法を解いてもらったんだった)
記憶が途切れる前のことを思い出したカトレアは、部屋にマーザスがいないことに気づくと、隣に座っていたラピスに目を向けた。
「ラピス、マーザス様は?」
「えっ? あっ、それが……」
困惑しているラピスにカトレアが詰め寄ろうとした時、閉じられていたドアが開いた。
「おはよう、2人とも。よく眠れたかい?」
「マーザス様!!」
「マーザス殿!」
扉を開けて入ってきたマーザスは、2人の驚いた顔を見やると優しく微笑んだ。
すると、マーザスが持っていた銀色の杖を見たカトレアが、大きく目を見開いたまま指をさした。
「その杖、師匠がいつも使っていた……」
「ふ~ん、そこまで思い出せたんだ」
(普通なら解呪魔法によって改竄魔法が解かれた後、徐々に記憶が戻ってくるんだけど……さすが、親友の弟子ってところかな?)
嬉しそうに笑うマーザスに、ラピスに支えられながらソファーから立ち上がったカトレアが深々と頭を下げた。
「マーザス様。記憶が改竄されていたとはいえ、数々の無礼を働いてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「へぇ~、改竄された後の記憶は残っているんだね。これは、魔道具開発の良い参考になったよ」
頭を下げたカトレアとラピスを興味深そうに観察したマーザスは、2人の肩に両手を置いた。
「まぁ、君たちにかけられた改竄魔法を解くのは、カトレア君の師匠であり、僕の弟弟子兼悪友との約束だったからね」
「師匠との約束?」
「うん、君たちが持ってきてくれたこの手紙を通しだけど」
そう言って、懐から取り出したのはペトロート王国の王族印が押された封筒だった。
唖然とするカトレアの隣で、ラピスが恐る恐る聞いた。
「それはつまり、カトレアの師匠であるロスペル様が国王の名を……」
「違うよ。さすがのロスペルも、王族の名をかたって王族印を使った時のリスクぐらい分かっているでしょ」
「そっ、そうですね」
(王族以外の者が王族印や王の名を勝手に使った場合、その者は極刑に処される。そのことをカトレアの師匠であり、本物の『稀代の天才魔法師』であるロスペル様が知らないわけがない)
顔を強張らせているラピスを見て、マーザスは再び優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ。ロスペルは、自分の父親を通して王族印を使ったんだ」
「師匠の父親……って、もしかして!?」
「おや、そこまで思い出したんだね」
(師匠の父親で、王族に頼んで王族印を使わせてもらえる人物……そんなの、たった1人しかいない)
『私は、陛下からこの手紙をあなた様に渡すように勅命を受けましたので』
(帝国の有名貴族家の出で、皇帝陛下の命令でペトロート王国に来たワケアリ下級文官……そんなの、記憶が戻った今なら真っ赤な嘘だと分かるわ!)
王族印付きの手紙を託してくれた人のことを思い出したカトレアは、楽しげに笑うマーザスに向かって小さく笑みを零した。
「えぇ、その方はもしかして、こちらに下級文官として王国から派遣された……本物の『王国の盾』ではないでしょうか?」