「ラピス」
「何だ?」
「話があるんだけど良いかしら?」
「……分かった」
(マーザス様の部屋を後にしてからずっと神妙な表情をしていたから、何かあるとは思っていたが……)
帝国魔法研究所を後にし、宿に戻るとすぐカトレアに手を引かれるがまま女性の宮廷魔法師用に宛がわれた部屋に向かった。
部屋に誰もいないことを確認したカトレアは、ラピスを通して扉を閉めると、小さく息を吐いてラピスと向き合った。
「ラピス。私、フリージアに会いたい」
真剣な表情のカトレアに、ラピスは返事もせず黙ったまま聞いた。
「あの子からすれば、3年も忘れていた私のことを今更親友だなんて思っていないかもしれない」
(その上、記憶が改竄されていたとはいえ、私はあの子に酷いことを言ってしまった。それでも……)
震える手を握ったカトレアは、ラピスに懇願した。
「それでも私、フリージアに……唯一無二の親友に会いたい。そして、あの日酷いことを言ってしまったことを謝りたいの」
『すごい、カトレア! 今度は、水魔法が使えるようになったのね!』
『それでね、この前メスト様が……』
(会って謝りたい。そして、また他愛もない話に花を咲かせて、あの子に私の魔法を褒めてもらいたい)
大人しく聞いているラピスから視線を銀色の杖に移したカトレアは、布の上からそっと撫でる。
「そしてまた、師匠に会って魔法の稽古をつけてもらいたいの」
『カトレア嬢、まだ外の魔力の取り込みが甘い。それだと、あっという間に魔力切れを起すぞ』
(滅多に褒めることをしない師匠に、また魔法の稽古をつけてほしい)
持っていた師匠の杖を握ったカトレアは、視線をラピスに戻す。
「その為なら私、今のペトロート王国と敵対しても構わない」
(例え、『王国の主砲』と謳われたティブリー家や宮廷魔法師団、そして……目の前にいる婚約者と敵対関係になったとしても、私は親友と師匠に会いたい!)
カトレアの強い決意を聞いたラピスは、自分の左胸に片手を添える。
それは、騎士が決意を現す時に行う仕草だった。
「それでは俺は、盾としてお前を守ろう」
「えっ!?」
迷いの無いラピスの答えに、カトレアは慌てて言い募った。
「良いの!? 私がやろうとしていることは、反逆者として処刑されてもおかしくないことをしようとしているのよ!? それに、あなただって大切な人がいるでしょ! あなたは、その人達を敵に回すことを……」
「カトレア」
カトレアの言葉を遮ったラピスは、ゆっくりと顔を上げた。
「大切な人を敵に回すのは、お前だって同じじゃないか」
「でも、それでも私は……」
「そもそも俺は、王国の近衛騎士である前にお前の騎士だ。お前だけを危険な目に遭わせるわけにはいかない」
「でもっ!!」
「それに」
泣きそうな顔をしているカトレアにそっと近づいたラピスが、肩を振るわせている彼女の華奢な優しく抱き締めた。
「マーザス様のところでも言ったが、俺はお前の婚約者だ。好きな女がやろうとしていることを、傍で支えてやりたいのは思うのは、婚約者としては当たり前だろ?」
「っ!?」
「それに、目の前で好きな女が危険も承知で飛び込もうとしているんだ。そんなの、男として見過ごせねぇだろうが」
「あんた、ねぇ……」
ラピスの甘すぎる言葉を聞いて涙がこみ上げたカトレアは、冷たい鎧に顔を押し当てると小さく唇を噛んだ。
(底抜けな馬鹿よ、あんたは。普通、危険なことをしようとしている婚約者を止めるじゃないの?)
自分のためについてきてくれる婚約者の優しさに、涙を拭ったカトレアはラピスから離れると、勝気な笑みを浮かべながら目の前の騎士に命令した。
「それなら、私の騎士として私が目的を果たすその日まで、私のことをしっかり守りなさい!」
「っ!!」
『それならラピス! あなたは、私の騎士として私を守りなさい!』
(全く、幼い頃からお前は変わっていないな。まぁ、そんなお前だから好きになったのかもしれないし、今の道に進もうと思ったのかもしれないが)
幼い頃から見てきたカトレアの勝気な笑み。
その笑顔が大好きなラピスは、嬉しそうに笑みを零すと、その場に跪いて恭しく頭を下げた。
「仰せのままに、我が愛しき婚約者様」
(絶対に、お前のこと守ってやる)