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第251話 悪夢から覚めて

「……んん? 朝か」



 ベッドの上で目を覚ましたレクシャは、体を起こすとカーテンから差し込む日の光に目を細める。


(そうだ、私は彼らが帰って来る少し前に宿に戻った後、一足早く部屋でご飯を済ませてそのまま寝たのだった)



「それにしても、久しぶりに酷い夢を見た」



(まさか、他国に来てまでこんな夢を見るとは……恐らく、皇帝陛下にあんな話をしたからだろうか)



『宰相の座を明け渡せ。この簒奪者』



「簒奪者、か……」



 ノルベルトの言葉を思い出したレクシャは、俯くと片手で顔を覆った。


(300年前の宰相家だった者には、我が家のことをそう見えるのだろう。だが……)



「お前だけは言われたくない。ノルベルト・インベック」



 ゆっくりと顔から手を外したレクシャは、表情を歪ませるとシーツを強く握る。


(私から地位や名誉も愛する家族も奪った貴様だけは!)


 ノルベルトに対して憎悪の炎を燃やしていると、突然ドアがノックされた。


(そうだ、今の私は下級文官マクシェル。下級文官らしく、平身低頭でいなくては)


 小さく首を横に振って頭を切り替えたレクシャは、人の良さそうな笑みを浮かべるとベッドから這い出て、そのままドアノブに手をかけて扉を開けた。



「おはようございます。さて、今日はどんな朝食で……」

「「おはようございます、マクシェル様(殿)」」

「っ!?」



『お2人の改竄魔法を解いてしまいました』



 扉を開けた先にいたのは、白ローブに身を包んだカトレアと鎧姿のラピスだった。



(そうだ、この2人はマーザス殿から改竄魔法を解いてもらったのだったな)



 謁見の間でマーザスから告げられたことを思い出したマクシェルは、2人の姿を見て一瞬驚くとすぐさま笑みを零す。



「おやおや、お2人が朝早くからわざわざこちらにお越しになるとは……確か、今日の護衛担当は、あなた方ではございませんでしたよね?」



 遠回しに『どうしてあなた方がここに?』と問い質すマクシェルに、カトレアが恭しく頭を下げる。



「実は、昨夜のうちに私とここにいる騎士と2人で、マクシェル様の護衛をさせていただけるよう申し出たのです」

「稀代の天才魔法師様と近衛騎士様が私の護衛を申し出たのですか?」

「はい。そして本日、我々がマクシェル殿の専属の護衛として、マクシェル殿が乗る馬車に同乗させていただくことになりました」

「ほう、なるほど……いやはや、お2人に護衛していただけるなんて身に余る光栄ではございますが、なぜ私の護衛を申し出たのでしょうか?」



(なぜ、この2人がわざわざ下級文官の護衛を申し出たのかは、大方予想はつくが……)



「理由と致しましては、昨日城に呼ばれたあなた様をより確実に護衛するためです。そして……」



 ゆっくりと頭を上げたカトレアは、周囲に人がいないことを確認すると小声でマクシェルに囁いた。



「あなた様に、色々と聞きたいことがあるのです……宰相家当主、レクシャ・サザランス公爵様」

「っ!!」



 その瞬間、目を見開いたマクシェルは警戒するように2人から少しだけ距離を取る。


(まさか、そこまで記憶が戻っていたとは! さすが、ロスペルの弟子を言うだけのことはあるのだろうか。だが……)


 僅かに笑みを潜めたマクシェルは、2人を脅すように低い声で問いかけた。



「君、その名前を出す意味が分かっているのかい?」



(私のことを爵位付きで呼ぶということは、今の王国に楯突くことと同じなのだぞ?)


 殺気立つレクシャに対し、カトレアはラピスとアイコンタクトを交わすと、視線をレクシャに戻して深く頷く。



「もちろんです。そのために、私たちはあなた様の護衛を引き受けたのです」



 そう言うと、カトレアは懐の中に入れていた魔道具を見せた。



「っ!? それは……」

「えぇ、切れ者宰相であり師匠のお父上ならばご存じでしょう」



 カトレアが懐に入れていた魔道具……それは、認識阻害の魔法が付与された魔道具だった。



「君たち、どうしてそこまでして……」

「全ては、王国で1人戦っている親友を助けるためです」

「親友……それは、私の娘のことを言っているのか?」

「はい」



(驚いた。記憶を取り戻して間もないというのに、そこまで覚悟が出来ていたとは)


 唖然とするレクシャに、ラピスは片手を胸の上に添える。



「そのためなら、例え大切な人達を裏切ることになっても、私たちは喜んで今の王国に楯突きましょう」


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