「……んん? 朝か」
ベッドの上で目を覚ましたレクシャは、体を起こすとカーテンから差し込む日の光に目を細める。
(そうだ、私は彼らが帰って来る少し前に宿に戻った後、一足早く部屋でご飯を済ませてそのまま寝たのだった)
「それにしても、久しぶりに酷い夢を見た」
(まさか、他国に来てまでこんな夢を見るとは……恐らく、皇帝陛下にあんな話をしたからだろうか)
『宰相の座を明け渡せ。この簒奪者』
「簒奪者、か……」
ノルベルトの言葉を思い出したレクシャは、俯くと片手で顔を覆った。
(300年前の宰相家だった者には、我が家のことをそう見えるのだろう。だが……)
「お前だけは言われたくない。ノルベルト・インベック」
ゆっくりと顔から手を外したレクシャは、表情を歪ませるとシーツを強く握る。
(私から地位や名誉も愛する家族も奪った貴様だけは!)
ノルベルトに対して憎悪の炎を燃やしていると、突然ドアがノックされた。
(そうだ、今の私は下級文官マクシェル。下級文官らしく、平身低頭でいなくては)
小さく首を横に振って頭を切り替えたレクシャは、人の良さそうな笑みを浮かべるとベッドから這い出て、そのままドアノブに手をかけて扉を開けた。
「おはようございます。さて、今日はどんな朝食で……」
「「おはようございます、マクシェル様(殿)」」
「っ!?」
『お2人の改竄魔法を解いてしまいました』
扉を開けた先にいたのは、白ローブに身を包んだカトレアと鎧姿のラピスだった。
(そうだ、この2人はマーザス殿から改竄魔法を解いてもらったのだったな)
謁見の間でマーザスから告げられたことを思い出したマクシェルは、2人の姿を見て一瞬驚くとすぐさま笑みを零す。
「おやおや、お2人が朝早くからわざわざこちらにお越しになるとは……確か、今日の護衛担当は、あなた方ではございませんでしたよね?」
遠回しに『どうしてあなた方がここに?』と問い質すマクシェルに、カトレアが恭しく頭を下げる。
「実は、昨夜のうちに私とここにいる騎士と2人で、マクシェル様の護衛をさせていただけるよう申し出たのです」
「稀代の天才魔法師様と近衛騎士様が私の護衛を申し出たのですか?」
「はい。そして本日、我々がマクシェル殿の専属の護衛として、マクシェル殿が乗る馬車に同乗させていただくことになりました」
「ほう、なるほど……いやはや、お2人に護衛していただけるなんて身に余る光栄ではございますが、なぜ私の護衛を申し出たのでしょうか?」
(なぜ、この2人がわざわざ下級文官の護衛を申し出たのかは、大方予想はつくが……)
「理由と致しましては、昨日城に呼ばれたあなた様をより確実に護衛するためです。そして……」
ゆっくりと頭を上げたカトレアは、周囲に人がいないことを確認すると小声でマクシェルに囁いた。
「あなた様に、色々と聞きたいことがあるのです……宰相家当主、レクシャ・サザランス公爵様」
「っ!!」
その瞬間、目を見開いたマクシェルは警戒するように2人から少しだけ距離を取る。
(まさか、そこまで記憶が戻っていたとは! さすが、ロスペルの弟子を言うだけのことはあるのだろうか。だが……)
僅かに笑みを潜めたマクシェルは、2人を脅すように低い声で問いかけた。
「君、その名前を出す意味が分かっているのかい?」
(私のことを爵位付きで呼ぶということは、今の王国に楯突くことと同じなのだぞ?)
殺気立つレクシャに対し、カトレアはラピスとアイコンタクトを交わすと、視線をレクシャに戻して深く頷く。
「もちろんです。そのために、私たちはあなた様の護衛を引き受けたのです」
そう言うと、カトレアは懐の中に入れていた魔道具を見せた。
「っ!? それは……」
「えぇ、切れ者宰相であり師匠のお父上ならばご存じでしょう」
カトレアが懐に入れていた魔道具……それは、認識阻害の魔法が付与された魔道具だった。
「君たち、どうしてそこまでして……」
「全ては、王国で1人戦っている親友を助けるためです」
「親友……それは、私の娘のことを言っているのか?」
「はい」
(驚いた。記憶を取り戻して間もないというのに、そこまで覚悟が出来ていたとは)
唖然とするレクシャに、ラピスは片手を胸の上に添える。
「そのためなら、例え大切な人達を裏切ることになっても、私たちは喜んで今の王国に楯突きましょう」