ラピスとカトレアの覚悟を聞いたレクシャは、『とりあえず、朝食と支度を済ませてから話そう』と一旦話を畳んだ。
そして暫く、朝食を済ませた王国一行は全員支度を整えると、マクシェルと研究者達はホテル近くに待機させていた馬車に乗り込み、護衛役の騎士達や宮廷魔法師達は手筈通りの配置についた。
「それじゃあ、ラピス。カトレア様と共にマクシェル様の護衛を頼んだぞ」
「はい!」
先輩騎士からマクシェルの護衛を任されたラピスは、同じように先輩宮廷魔法師から任されたカトレアと共にマクシェルが乗る馬車に乗りこんだ。
「それでは、出発致します」
先導を担う騎士の合図で動き始めた馬車は、一列に並んで朝から賑わう帝都の街の大通りを走る。
「短い滞在期間でしたが、とても有意義な時間が過ごせました」
「えぇ、王国では食べられない異国の料理に舌鼓を打つことが出来ましたし、少しだけでしたが活気ある帝都の雰囲気が味わえて良かったです」
窓から見える街並みを横目にマクシェルとラピスが穏やかな会話を交わしていると、ラピスの隣に座っていたカトレアが懐から魔道具を取り出す。
そして、魔道具を起動させると馬車の天井に張り付けた。
その様子を一瞥したマクシェルは、少しだけ笑みを潜めると向かい側にいる2人に目を向ける。
「さて、先程私に『聞きたいことがある』と言っていたが、どんなことが聞きたい?」
「っ!?」
(さすが切れ者宰相。穏やかな顔をしつつも私に対して静かにプレッシャーをかけている)
認識阻害魔法が付与された魔道具が起動している車内で、膝に置いている手を強く握ったカトレアは、マクシェル……レクシャに対して口を開いた。
「マーザス様から聞いていると思いますが、私たちは何者かにかけられていた改竄魔法が解かれています。故に、宰相であるはずのあなた様が下級文官のような格好でいることも、『王国の陰』であるインベック伯爵家が宰相家を名乗っているのかも違和感でしかありません」
(それに、本物の『稀代の天才魔法師』が私の小間使いをしているのも、どうして私が師匠の二つ名を名乗り、あのアバズレ女を親友と呼んでいたのも、本物の親友が木こりの格好をしているのも……記憶を思い出した今なら、その全てが違和感でしかない)
強く拳を握ったカトレアが、レクシャに問い質す。
「そこで、単刀直入に申し上げます。私たちに、今の王国の現状について教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうして、それを知りたいんだい?」
カトレアからの問いに、一瞬目を見開いたレクシャは笑みを潜めた。
「先程も申し上げましたが、親友を救うためです」
「親友……私の娘を救うために知りたいというのか?」
「はい。ですから、王国の現状をご存じであるあなた様から聞きたいのです」
(本当は、『誰が改竄魔法をかけたのか』も聞きたい。でも、この方が改竄魔法をかけた人物を知っているとは考えにくい)
カトレアの真面目な答えに、小さく溜息をついたレクシャは目を細める。
「……もう1つだけ、聞いてもいいかい?」
「はっ、はい!」
(どうしたのかしら? 急に眼光を鋭くされて……)
レクシャの豹変にカトレアが背を正すと、警戒心を露にしたレクシャが問いた。
「君は、それを知ってどうするつもりだい?」
「えっ?」
眉を顰めたカトレアとラピスに、冷たい表情をしたレクシャは厳しいことを告げる。
「君は今朝、私に『親友を助けたい』と言った。だったら、わざわざそんなことを私に聞かなくても良いじゃないか」
「でっ、ですが……」
「そもそも、親友を助けたければ勝手に助ければいい。次男の弟子ある君なら、親友の場所も何となく分かるんじゃないかい?」
「そっ、それは……」
(確かに、親友の居場所には見当はついている。でも……)
「それに」
一呼吸置いたレクシャは2人に警告する。
「私が君たちに王国の現状を話した場合、真実を知った君たちは、間違いなく国の反逆者として捕らえられてもおかしくない立場になる」
「っ!? 確かに、そうかもしれません」
俯く2人に、レクシャは小さく息を吐いた。
「あのノルベルトのことだ。君たち2人が真実を知ったと分かった瞬間、絶対に消しに来るだろう」
「廃人ではなくて?」
「あぁ、とにかくあいつは、自分に逆らった奴を見せしめとして大衆の面前で貶めたいらしい」
(実際、領地で改竄魔法の練習をしていた時、自分に逆らった使用人に冤罪をかけ、それを領民の記憶に改竄魔法で刷り込ませ、広場の真ん中で処刑したらしい)
「っ!? ですが、今の俺たちは宮廷魔法師と近衛騎士で……」
「それでも、ノルベルトにとって君たちは、自分にとっての都合の良い駒としか思っていない。だから、君たちにありもしない冤罪をかけ、それを改竄魔法で国民の記憶に刷り込ませ、大勢の前で君たちを処刑するだろう」
「そっ、そんな……」
(だから私は、娘の親友であり次男の弟子であるカトレア嬢と、その婚約者で娘の友人であるラピス君にはそうなって欲しくない)
啞然とするラピスを一瞥したレクシャは、僅かに悲しげな表情をした。
「先程も言ったが、娘を助けるだけなら王国の現状を知る必要なんてない。だから……」
「いいえ」
レクシャの言葉を遮ったカトレアは、固い決意を宿した薄紫色の瞳でレクシャを見つめた。
「親友を助けるには、どうしてもあなた様から……切れ者宰相であるあなた様から王国の現状を知らなければいけないのです」