「どうして、そこまで知りたいんだい?」
(王国の現状を知らなくても、娘を助けることは出来ると言っているのに)
優しく口調で静かに問い詰めるレクシャに、カトレアは恐怖で手を震える。
すると、横から大きな手が包み込んできた。
「ラピス」
「カトレア、大丈夫だ。俺がいる」
ラピスのくすんだ黄色い瞳とかち合いカトレアは、一瞬笑みを浮かべると小さく息を吐いた。
そして、緩んだ表情を引き締め直すとレクシャに視線を戻した。
「あなた様もご存じかと思いますが、私の親友はとてもお人好しで正義感が強くて……そして、あなた様と同じように国や家族のことを誰よりも考えている人です」
『私、この前水害に遭ったレイトシュ領にボランティアとして行ったんだけど、その時に子どもたちの指南役を仰せつかってね!』
カトレアの頭の中に蘇る親友との在りし日の会話。
(そう、あの子は国のために慈善活動にも積極的に参加していたし、平民の子どもに対して読み書きや剣の指南をしていた)
「そんなあの子が、今の国の現状を憂いていないはずがありません」
『それよりも、今は魔物を倒すことが最優先では? もうじき終わるのかもしれませんが、悠長に話している余裕はありませんよ』
そして、魔物討伐時に出会った親友の姿に、カトレアは強く拳を握る。
(現に、あの子は姿形が変わっても、国の土台を支えている平民のために自ら剣となり、盾となって戦っている。本当は、自分だって国から見放されて苦しいのに)
『私は、宰相家令嬢としてこの美しい国のために頑張りたいと思っているの』
かつて親友に言われた言葉が脳裏に過ったカトレアは、レクシャに改めて強い意志を示した。
「私にとって、『あの子を助ける』というのは、『今の王国を憂いているあの子の隣に立って、平民のために剣を振るあの子を助けたい』ということです。ですから、私はあなた様から国の現状を聞かなくてはならないのです」
(あの子が、改竄されている貴族共から虐げられている平民のために身を粉にしているのならば、私は魔法師として……『稀代の天才魔法師』ロスペル・サザランスの弟子として、親友であるあの子の隣であの子の助けになりたい)
決意の籠った目をしているカトレアと、その彼女の決意に寄り添い共にあろうとするラピスを見て、レクシャは静かに目を閉じた。
(この子達の将来を思うのならば、ここでこの子達を拒絶するのが最善なのだろう。だが……)
『君のお陰で、味方になってくれそうな人が増えたから助かったよ』
「フフッ……」
「レクシャ様?」
(そう言えば、マーザス君にそんなことを言っていたな。私としたことが、悪夢を見たお陰で忘れていたよ)
そっと目を開けたレクシャは、不思議そうに小首を傾げているカトレアとラピスに微笑みかけた。
「君たちは、私が『ノルベルトから国を奪還する計画を立てている』と言ったら、それに乗ってくれるかい?」
「「っ!?」」
試すような笑みを浮かべているレクシャに、カトレアとラピスはアイコンタクトを交わすと大きく頷く。
「「もちろんです!!」」
((それは、願ってもないことだから!!))
若人達の迷いも無い答えを聞いて、レクシャは笑みを浮かべたまま問い質す。
「良いのかい? 私がしようとしていることは、君たちの大切な人達と敵対するということなんだよ?」
(それでも、君たちは私に手を貸してくれるのかい?)
レクシャからの問いに、カトレアは再び大きく頷いた。
「構いません。それで、親友を助けられるなら」
「自分も同じです」
覚悟が決まっている2人の頼もしい表情に、眩しそうに目を細めたレクシャは、馬車から見える景色を一瞥した。
(どうやら、君たちの覚悟は本物みたいだね)
「まぁ、君たちの気持ちは分からなくも無い。だからこそ、私は随分前から動いていたのだから」
「っ!? では!」
カトレアとラピスが笑みを浮かべようとした瞬間、急に馬車が止まり、ドアがノックされた。
「マクシェル殿、申し訳ございませんが検問の手続きにご協力を……」
「分かりました」
小さく頷いたレクシャは、優しい笑みで2人を見やった。
「王国までの道のりは遠い。だから、その間に君たちに話そう……今の王国の現状を」
(そして、私が成そうとしていることを)
その後、馬車に戻ったレクシャ・サザランスは、未来ある2人の若者に皇帝に話したことと全く同じことを話した。