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特別編 雪の日に甘くほろ苦い贈り物を(前編)

 ※カミル視点です




「おっ、明日は珍しく雪が降るな」



 いつものように魔石屋で買い物を済ませ、機嫌の良い店主様が店を出ると、外の冷たさに笑みを深める。



「そうですね。明日の今頃は、雪で王都は真っ白になるでしょう」



 1年を通して温暖な気候であるペトロート王国だが、稀に雪が降ることがある。

 寒さに慣れていない王国民にとって、今日と明日は外に出るのも億劫になるだろう。


 とは言っても、明日を生きるのに必死な平民には関係ない話だけど。


 火の魔石がたっぷり入った袋に視線を落として小さく溜息をつく。

 もちろん、これはリアスタ村の人達の分。

 すると、風に運ばれてきた甘い匂いが鼻腔を擽った。



「そう言えば、明日は『聖なる日』でしたね」



 聖なる日。

 それは、ペトロート王国第二代国王陛下の誕生日であり、陛下が王妃様にプロポーズした日である。

 当時王太子殿下だった陛下に、婚約者候補だった王妃様が陛下の大好物だったチョコレートを贈った。

 すると、陛下が嬉しさのあまり王妃様にプロポーズをした。

 その時の光景があまりにも神々しかったことから『聖なる日』と定められ、この日は意中の相手にチョコレートを贈ることが通例とされている。



 3年前までは、平民でも楽しめた特別な日だった。けど……



「あぁ、貴族のみに許されているチョコレートをあげる日だろ? 全く、下らない日だよな」



 不機嫌そうな店主の言葉に、私は小さく唇を噛み締める。


 そう、3年前に今の宰相が『先代陛下の生誕祭を平民如きが祝うなど恥知らずだ!』と突然平民が祝うことを禁じたのだ。

 そのため、今のペトロート王国では、この日は貴族だけがチョコレートを贈ることを許されている。

 もし、平民がチョコレートを贈った場合、反逆罪として重い罰が課せられる。



「あ~あ、あちらこちらでチョコレートの甘い匂いが漂ってくる。本当、嫌になるよな」

「そう、ですね」



 本当、嫌になってしまうわ。


 しかめっ面で嫌味を漏らす店主様を見て、僅かに眉を顰めた私は徐々に雲が広がり始めている空を見上げた。


 恐らく、この日はメスト様もあの女からチョコを貰っているのかしら?


 メスト様と鍛錬を始めてから1年。

 王都で再会した時に比べたら、明らかに距離が縮んでいる。


 彼の一挙手一投足にどれだけかき乱されたか。


 脳裏に蘇る彼の笑顔。真剣な顔。困ったような顔。


 その全てが愛おしい。



「まさか、こんなにも胸が苦しくなる日が来るなんてね」



 いつの間にか店主様は店に戻り、私は胸の前で小さく握り拳を作る。


 こんな気持ちになることは、最初から分かっていた。

 でも、一緒に鍛錬したいと頭を下げる彼を無下に出来るほど、私は冷酷にはなれなかった。



「これはきっと私への罰なのかしら?」



 彼と一緒にいたいと願ってしまった私への罰。


 自嘲気味に笑みを零した私は、小さく息を吐くと足元にある大きな袋を担いだ。



「さて、村にこれを届けないと」



 明日は彼が止まりに来る日。

 だけど、明日は聖なる日だから、多分彼は来ないだろう。


 期待してはダメ。それでも……



「明日、帰りに花とチョコレートケーキでも買っていこうかしら」



 冷たい風が雪の訪れを告げ、王都がチョコレートの甘い匂いに包まれる中、私は明日の予定を立てた。


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