通学路。
昨日遅くまでゲームに熱中しすぎたからであろうか。あくびが止まらない。
まさか昇格戦で334連敗するとは……。ムキになった結果が、ものの見事に溶けたランクと、わずか1時間しか取れなかった睡眠時間であった。
「おはよっ! ケンジ!」
背後から肩を思い切り叩かれた。いきなりそんなことをするような人物を、俺は一人しか知らない。
「ふわぁ……。なんだよ、美咲」
「あ、また遅くまでゲームしてたんでしょ?」
ジト目で見つめてくる美咲。うかつにも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「うるさいな、お前に関係ないだろ?」
「ふうん、いいんだ? そんな態度取って? 授業中寝てもノート見せてあげないからね?」
少しむくれた様子の美咲。まずいな、ここはご機嫌を取っておかねば。
「それは困る! 美咲、お前だけが頼りなんだ!」
「もう、調子のいいことばかり言って……。権蔵くんにでも見せてもらえばいいでしょ?」
「いや、権蔵はちょっと……」
「なんで? いい人じゃん、権蔵くん」
アイツは確かに良いヤツだ。亜麻色の髪をかき上げればたちまち爽やかな風が吹くかのような高身長爽やかイケメンで、女子にもモテるだろうになぜか俺なんかと仲良くしてくれている。
だが、残念ながらそれによる問題もあるのだ……。
まず一つは、一部女子からの凍て刺すような視線が気まずいこと。学園の王子様ポジでもある権蔵のことは、隙あらば女子たちが話しかけようと肉食獣のように狙いを定めている。そんな権蔵が、休み時間のたびに俺みたいな陰キャにべったりとなっていては、八つ当たりでしかない恨みごもった視線で針のむしろ待ったなしなわけだ。でもまあ、そっちは別にいいんだ。気にしないようにすればいいだけだし。
もう一つ問題なのが、権蔵からときどき、すごくねっとりした視線を感じることがあることだ。いや、気のせいだと思いたい。だが、一度気になると、なんだか疑心暗鬼になってしまう。権蔵には悪いが、俺にそっちの気は無い。俺は至って健全な、美少女ハーレムに憧れる男子高校生なんだ。
そういう訳で、俺は密かに権蔵から距離を置くようにしている。
「まあ……いろいろあるんだよ」
「友達いないくせに贅沢だなぁ、ケンジは」
「うるせえよ」
「まあ、どうしてもって言うなら、見せてあげなくもないけど」
しぶしぶみたいなことを言いながらも、なんだかまんざらでもなさそうな美咲。やはり持つべきものは幼馴染(美少女←ここ重要!)だ。
「ありがとうございます! 美咲様!」
「・・・・・・ていうか、ケンジが授業中寝なければいいだけの話じゃない?」
「悪いな、そいつは無理な相談だ」
「威張っていうことじゃないでしょ!? まったく……ケンジは私がいないとダメなんだから」
元気だけがウリみたいな美咲にしては珍しく、言葉尻が言い淀んでいてよく聞こえなかった。
「ん? 今なんて?」
「……なんでもない! それより、ほら! 早くしないと遅刻しちゃうよ!?」
スカートを短くしているのにもお構いなく、急にダッシュで駆けだす美咲。俺も後ろを追いかけ走ることにした。
……ちなみに見えそうで見えなかった。
***
なんやかんやで授業中。
教壇には日本史教師の山本が、板書すらもなしにひたすらと抑揚も無い話を繰り広げている。
俺はというと……1時間睡眠のツケが祟り、いよいよ意識の限界を迎えようとしていた……。
もうダメだ……どうする?
・「睡魔に身を委ねる」 ←
・「なんとしてでも目を覚ます」
これ以上の抵抗は無意味だと悟り、俺は静かに目を閉じた。
***
「田中。田中! 次教室移動よ!? 早く起きなさい!」
ん? この声は……。
「委員長……? あれ、日本史の授業は?」
委員長こと
「もうとっくに終わったわよ・・・・・・。そんなことより……アンタ、明日のテスト平気なの?」
「え、テスト? そんなの有ったっけ?」
中間テストはまだ先のはず……。
「さっき、山本先生が明日小テストするって言ってたわよ」
「え、マジ!?」
「うん」
マジか・・・・・・。山本の奴、どうして急に?
「まあでも、小テストだろ? 別に点数低くたって……」
「山本先生、『100点取れなかった生徒は退学にする』って言ってたわよ?」
「小テストの罰重すぎだろ!?」
なんてこったい。急に降って湧いた退学の危機。
「で、範囲は?」
「『今日の授業で話したこと全部』だって言ってたわ。『教科書には載ってない内容な上に、雑談部分からも出題するから、今寝ている奴はお終いだ』とも」
山本め、いったい俺に何の恨みが……。
だが残念だったな、山本め。俺には心強い味方・ミサえもんがついているのだ。
「マジかよ……。後で美咲に聞いとかないと……」
「山辺さんならさっきの授業中に早退したわよ? なんでも、『昨日食べたサバの味噌煮が大当たりしたみたいなので帰ります』って」
え? 嘘……だろ……? 急に冷や汗が滴り落ちる。
「い、委員長・・・・・・? ノート見せてくれたりなんて……?」
藁にもすがる想いで委員長に泣きついてみたが……。
「嫌よ。私そういうの嫌いなの。ほら、次音楽室なんだから早くしなさい」
無慈悲にも突っぱねられてしまった。クソ、流石は「鉄の女・澄香」。
「そんな殺生な……」
哀れな俺の嘆きも虚しく、委員長はサラサラのストレートヘア―を揺らして立ち去ってしまった。
クソッ! 俺の学園生活はここで退学エンドになってしまうのか……? 美少女JKハーレムの夢もまだ叶えていないのに……!
俺が頭を抱えて絶望していると、肩にそっと大きな手が置かれた。
「どうしたんだい? 田中君」
「権……蔵……?」
救いの手を差し伸べてきたのは、どこからともなく現れた権蔵であった。
・・・・・・どうする? 成績優秀な権蔵のことだ。ここでノートを見せてもらえば、小テスト問題は解決できるだろう。しかし……。
・「権蔵にノートを見せてもらう」 ←
・「自分の力で何とかする」
・・・・・・いや、ここで意地を張って退学にでもなったらそれこそバッドエンドだ。それに、ノートを見せてもらうくらいなら、さすがに何も起きないだろう……。
(システムメッセージ:「権蔵ルート」に入りました)
「もちろん。ただ、ノート見るだけじゃ不安でしょ? 放課後、うちにおいでよ。分からないところ、全部教えてあげるからさ」
「権蔵……!」
このときの権蔵のイケメン高身長王子様スマイルは、俺の目には後光が差して見えた。
***
放課後。なんやかんやあって権蔵の部屋。
「田中君。いや・・・・・・ケンジ。今日うち……両親留守なんだ」
「権蔵……」
「さあ、どこが分からないんだい? 俺が教えてあげるよ……手取り足取り……ね?」
二人は幸せなキスをした。
END