「被告人エルを、強盗殺人の罪により……極刑“迷宮流し”の刑に処す!!」
身に覚えのない罪状により、俺は“迷宮流し”の刑を下された。
無罪を訴える気はない。無駄だ。なぜならこの裁判は全て出来レース。俺を罪人にするためだけに
(それにしても“迷宮流し”かよ……)
この小国、〈アルファム〉には
〈アルファム〉には1つの大迷宮がある。迷宮の名は〈ティソーナ〉。この大迷宮〈ティソーナ〉に送り込むことを“迷宮流し”と言う。
一度〈ティソーナ〉に入れば、〈ティソーナ〉を攻略するまで外に出ることはできない。迷宮の外に出ることを禁じられているというわけではなく、迷宮自身が一度入った者を外に出さない
鎧や剣なども持たされず、迷宮に放り込まれれば、迷宮に巣食う悪魔に食われるのがオチだ。だから死刑と変わらない。
「知っていると思うが、大迷宮〈ティソーナ〉を攻略することができれば無罪とする」
ちなみに大迷宮にはこれまで10万人以上が挑んでいるが、帰ってきたものはいない。
(くそ。こうなったのも全部アイツのせいだ)
俺は傍聴席に居る貴族、マハルトを睨む。
マハルトは「ざまぁみろ」と笑い、席を立った。
「……貴様のようなクズが、私に逆らうからだ」
裁判官に聞こえない小さな声で、マハルトは言う。
(マジでうぜぇなアイツ……!)
沸々と、怒りが湧いてくる。
あーあ、俺の人生終わった。たったの14年の命だったぜ、ちくしょうが。
どうして俺が、こんな目に遭っているか。
俺は3日前のことを思い返す。
◆3日前◆
334戦321勝13引き分け。
勝ち星の数は同時に俺が殺した人間・猛獣の数となる。
相手を殺すまで決闘は終わらない。生きるためには殺し続けるしかなかった。
そして、335戦目を控えた日のこと。
俺はいつも通り、決闘場に向かうため闘技場の廊下を歩いていた。
「待ちなさい。剣闘士エル」
口髭の長い、貴族の男に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に話がある。ついて来なさい」
口では丁寧な言葉を吐いていても、表情は『早く来い。クズが』ってな感じだった。
「私の名はマハルトと言う」
「そうですか」
「今日は君に頼みがあって来たんだ」
人目のつかない場所まで連れてこられたところで、マハルトは足を止めた。
そして、マハルトはある要求をしてきた。
「八百長試合しろってことですか?」
「そうだ」
聞くところによると、今回の俺の相手はゾウマという、戦闘民族の凄く強いやつらしい。
好成績を収める俺と、期待の新人ゾウマ。この好カードには観客も湧き、珍しく多額の賭けが
客の予想では……8対2で俺の勝ち。
そこで目の前の貴族殿はゾウマに多額のベットをしたらしい。
だから俺に負けてほしい、ということだ。でもそれはつまり、
「つまり、俺に死ねって言うんですか?」
決闘での敗北はイコール死だ。
「いやいや、ちゃんと救済措置は用意してある。君はゾウマの攻撃を受けて、死んだフリをしてくれ。そうすれば、私の息がかかった死体処理班が君を回収する。そのまま君には国外逃亡してもらい、晴れて自由の身というわけだ。ゾウマにもこの話はしている。ゾウマとは決闘の後、暫くしてゾウマを買い取り解放することで契約を結んでいる。ゾウマが必要以上に君に追い打ちをかけることはない」
「もしも、断ったら?」
「君を適当な罪で告発する。私はこれでも法関係の知り合いが多くてね。剣闘士1人を“迷宮流し”にすることぐらい、わけないんだ」
否定する選択肢はない、ってことだな。
もしも成功すれば俺にとって悪い話じゃない。死んだフリなんてしたことないから不安も残るが、やるしかない。
「わかりました。その話受けましょう」
「……助かるよ」
こうして、ゾウマとの決闘が始まった。
ゾウマは熊の如き体格の男だ。
手には斧を持っている。
俺は両手に剣を持った双剣士。
決闘が始まって暫くは良い勝負を演出した。剣と斧をぶつけ合いながら、一進一退の攻防を繰り広げる。
(こいつ、パワーだけだな。スピードも鈍いし、斧の扱いも拙い。殺すことはわけない、が)
八百長を指示されている以上、勝つわけにもいかない。
(この辺か?)
ゾウマが一歩退いた所で、俺は大雑把に剣を振り上げ、隙を作った。
「ゴアァ!!!」
野獣の如き咆哮と共に、ゾウマのタックルを受ける。
「ぶはっ!?」
馬鹿力。
パワーだけは俺よりも遥かに上。俺の体は思い切り飛ばされ、何メートルも空を飛んだあとに落下する。
倒れた俺の脚を掴み、ゾウマは地面に二度、三度、叩きつける。
(てめっ、やりすぎだろアホ!!)
いやでも、これぐらいじゃないと死んだと思われないかと思いつつ、ジッと殺意を抑え込む。
噓抜きに満身創痍になったところで、俺は全身の力を抜き、眼球の動きを固定して、一切身じろぎしないようにした。死んだフリを遂行する。
「……」
審判のコールを待つ、が、審判のコールが耳に届かず、なぜか客の悲鳴に似た歓声が聞こえた。
なにか身の危険を感じ、俺は眼球を動かしゾウマを見た。
――ゾウマは斧を振り上げていた。
(あ。こいつ、俺を殺す気だ)
そう思ったら体は勝手に動いていた。
余計な思考を省き、斧を躱した後、落ちていた剣を拾ってゾウマの首を斬り下ろした。
「やっちまった……」
審判は右手を振り上げる。
「勝者、エル!」
審判のコールで観客が沸く。
観衆の中に、偶然にもマハルトを見つけた。マハルトは笑顔で、口をパクパクさせていた。唇を読む能力なんてないけど、なんて言ってるかはわかった。
『し・け・い』
うん。まぁそうだよね。
後々になって思う。きっとゾウマに手加減の指示は出ていなかった。マハルトは最初から俺を殺す気だったんだ。俺を生かすリスクは多いからな、妥当な判断と言える。
あの八百長を持ちかけられた時点で、俺には死刑オア死刑の道しかなかったわけだ。とほほ。
決闘から3日後に裁判は
それから7日後に“迷宮流し”執行。
俺は大迷宮〈ティソーナ〉を訪れる。