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第14話 Candle Knight

 迷宮を攻略した俺とハーツは没収されていた所持品と、1ヶ月生活できるだけの金を貰った。そして約束通り、無罪放免としてもらった。

 ひと悶着あるかなと思っていたが、騎士たちは俺達に必要以上に絡むことはなかった。というか、俺達を恐れていた。ま、当然だな。500年あった迷宮を攻略したわけだからな。

 その日は宿で休んだ。


 次の日の朝、俺とハーツは宿の前で向かい合った。

 ハーツは白銀の鎧に身を包み、上からマントを羽織っている。小型の棍棒を吊るしたネックレスを首から垂らしているが、あれは悟空を憑かせるための物だろうか。


 服装のおかげで、美しさにカッコよさがプラスされた。


「私はこれから東に向かい、3ヶ月の間溜め込んだ仕事を片付ける。お前は連れて行けない」

「実力不足か?」

「いいや、お前には別にやるべきことがある。まずお前は……エクソシストになれ」

「てっきり、俺はもうエクソシストになっているもんだと思ってたけどな」

「教団に所属しなければエクソシストとして認められない。悪いが、私の独断でお前を教団に入れることはできない」


 ハーツは俺に一通の手紙をくれた。


「紹介状だ。これを教団の者に渡せ。そうすれば入団手続きをしてくれる。教団はこの国以外ならほとんどの国に支部があるはずだ」


 手紙をポケットに入れる。


「玉龍」


 真っ白な龍が実体化し、ハーツは龍の背に乗る。


「ハーツ!」


 ハーツの背に声をかける。


「うっかり俺以外の男に惚れるなよ」


 ハーツは鼻で笑い、


「その心配はない」


 と言い切った。


「エル……」


 ハーツは俺に背を向けたまま、横顔を見せる。

 ハーツの横顔は、ほのかに赤くなっていた。



「……待ってるから」



 その声は、凛々しい声ではなく、もっと可愛らしい……乙女の声だった。

 玉龍は遥か彼方へ飛び去っていく。


「なんだあれ、可愛かわいすぎるだろ」


 惚れ直したぜ。


「【なぁ相棒!】」


 俺の浮ついた心を、やんちゃ男声が叩き落す。


「……誰が相棒だ」

「【あいつ、さっき東に行くって言ってたよな?】」

「言ってたな」

「【俺様の方向感覚が間違ってなきゃ、アイツがいま飛んでいったのは西だ】」

「……」


――あの方向音痴め。


「【どうする、追いかけるか?】」

「……いいよ。放っておけ。それより、俺達にはやるべきことがある」

「【わかってるよ。教団とやらに行くんだろ?】」

「その前に、ぶん殴らなきゃならない奴がいる」


 マハルト。

 俺を冤罪で“迷宮流し”にしてくれた野郎だ。


(あいつの家の場所は騎士の1人から聞いてある。待ってやがれマハルト……!)


 俺はマハルトの家に向かった。



 ◆マハルト家◆



 マハルトの屋敷の前まで来た。

 マハルトの屋敷は大きく、庭も広い。だけど……。


「【幽霊屋敷みたいだな】」


 魂の部屋に居るティソーナが声をかけてくる。

 ティソーナの言葉通り、人気ひとけがなく、薄汚れている。こんなデカい屋敷、使用人がいなきゃやってられないと思うが使用人の姿も見えない。


「なんか、変な空気だ……」 


 玄関から中へ入る。

 玄関から入ってすぐの広間は薄暗かった。天井からつるされたシャンデリアのロウソクの半分が消えている。部屋を見回しても人は居ないし、埃っぽい。


 俺の足音が大きく聞こえるほど静かだ。


 俺は目の前の階段を上がり、すぐ正面の部屋に入る。

 その部屋に、奴は居た。

 散乱する家具。倒れたタンスに尻を乗せ、奴――マハルトは俯いている。自慢の髭は雑になっており、髪も垂れている。以前の高貴な身だしなみが嘘のようだ。


「くっくっく……! 待っていたぞ、エル!!」


 血走った眼で、奴は俺を見る。

 執行人はちゃんと俺が来ることを伝えてくれたみたいだ。


「よう、マハルトの旦那。随分とやつれているが、腹でもくだしたか?」

「全部……全部貴様のせいだ! 貴様のせいで、貴様が言うとおりにしなかったせいで! あの日、賭けに負けた私は大金を失った! 貴様を貶めるためにさらに大金を失った! 貴様のせいで私は、財産の全てを失ったのだ!!」

「逆恨みもいいところだ……」

「黙れカスが!! おお、お前が迷宮を攻略したと聞いて、はらわたが煮えくり返った……! なんのために、あれだけの裁判費用をっ!! 貴様だけは許せん! 俺の手で、ぶっ殺してやる!!」


 その時、マハルトの背後に強大な霊力が出現した。


「【おい、あれは……!】」


 霊力は紫色の、翼の生えた鳥人型の悪魔になった。


「【へへっ! いいぜマハルト! 俺が手を貸してやる!】」


 悪魔はマハルトの頭に乗る。


「驚いただろ? どんな手を使ってでも貴様を殺したいと願った時、俺はこいつと出会った! 俺はこいつと、ゲイルと一緒に、人生をやり直す!!」


「文字通り、悪魔に魂を売ったってわけか……!」


「【やっちまおうぜマハルト! クソッタレな人間どもを滅ぼすんだ!!】」


 悪魔が黒い霧になり、マハルトに吸い込まれていく。


「ちっ!」


 走り出すが、間に合わない。

 悪魔がマハルトに憑依する。瞬間、マハルトの肌が紫に染まり、額に赤い眼球が埋め込まれ、背中に翼が生えた。髪は真っ赤に燃え盛る。


 放出される霊力が、風のようになって俺の脚を止める。


(悪魔の憑依が完全に成功するとああなるのか!)


 俺が霊感を掴むために使った悪魔憑依。

 霊力で悪魔を追い出せず、失敗した場合のなれの果てが今のマハルトだろう。


「【こりゃまずい! 悪魔はなにかに憑依することでその力をいっそう増しちまう!】」

「あんな貧弱な器でもか?」

「【ああ! しかも、完全憑依すると剥がすのは無理だ!】」


 マハルトは一瞬で俺の目の前に来て、蹴りを繰り出してくる。


「うおっ!」


 蹴りを両腕で受けるが、耐え切れず、ドアを突き破って部屋の外まで飛ばされた。

 階段を転がり落ち、立ち上がる。


 サムライ悪魔と同程度の力は感じるな。


「【最悪な展開だな……相棒】」

「いや、好都合だろ」

「【へ?】」

「人間だったら一発ぶん殴るぐらいで我慢しなくちゃいけなかったが、悪魔なら心置きなくぶち殺せる」


 額から垂れる血を舐めて、俺は言う。


「【俺様は……悪魔よりお前が恐ろしいぜ】」

「でもさすがに、守護神なしじゃ、ちときつそうだな……」


 俺は部屋の中に武器がないか探す。

 すると、部屋の隅に鎧と剣が飾ってあった。


「あれだ!」


 俺は剣を手に取る。


「シェリー姐さん! 頼むぜ!」


 叫んでも、シェリー姐さんが出てこない。


「シェリー姐さん?」

「【シェリー姐さんってのは、あの剣の形をした悪魔のことか?】」

「そうだ」

「【あいつなら食っちまったぜ?】」

「え? なにしてんのお前! 仲良くしろよ!」

「【いやいや、守護神は1つの魂の部屋に1体までだぜ。同じ部屋に守護神入れたらどっちかが消えねぇと、お前の精神が壊れちまう】」


 そういや、ハーツがそんなこと言ってた気がする……。


「おい。ちょこまかするんじゃねぇよ!!」


 マハルトが翼で飛びながら拳を突き出してくる。

 拳を剣で受けるが、付喪神の付いていない剣はあっさりと折られ、俺は顔面に拳をもらった。


「ぶはっ!」


 壁に叩きつけられる。


「よえぇ! よえぇなぁ! テメェ! こんなんじゃ足んねぇよ! 満たされねぇよぉ!!」

「……調子乗りやがって」


 しかし、どうしたものか。守護神なしじゃ手も足も出ない。


「ティソーナ。お前ってやっぱりロウソクにしか憑依できないよな?」

「【あたぼうよ!】」

「――使いづらっ」

「【ガーン!】」


 ロウソク……どこかにないか?


「そうだ……あそこにある!」


 俺は折れた剣に霊力を込めて、思い切り投げる。

 剣はマハルトの遥か頭上に向かう。


「あ? どこ狙って――」


 ガキン! と天井の方で音が鳴った。

 マハルトは音に気付き、浮遊しながら後ろへ下がる。マハルトの残像に、シャンデリアが落ちる。


「はっ! 剣でシャンデリアの支柱を折ったわけか。苦肉の策だな……当たっていたとしても、大したダメージにはならねぇ」


「そんなもん百も承知だ。俺の狙いはこれだよ」


 俺はシャンデリアに使われていたロウソクを2本、拝借した。

 1本はズボンのベルトに突っ込み、1本はそのまま手に持つ。


「行けるか? ティソーナ」

「【おうよ!】」


 手の平サイズのティソーナが霊体のまま、俺の左の肩に乗る。

 ティソーナを見たマハルトは悪魔の如く口を裂け広げさせた。


「だーはっはっは! ロウソクの付喪神だぁ!? んなもん、微塵も怖くねぇぜ!」

「【おおお前! ロウソクを……ロウソクを馬鹿にするなよお前ぇ!】」


 ティソーナは泣きながら抗議する。


(いやまぁ、マハルトあいつの気持ちはわかる)


 俺はティソーナをロウソクに憑依させる。



「憑神ッ!!」



 ロウソクにティソーナが憑く。


「うお、お!?」


 思わずうめき声をあげてしまった。

 シェリー姐さんを剣に憑かせた時とは段違いの、霊力の上昇を感じる。


 ロウソクにうっすらと顔のようなものが見えた。ティソーナの顔だ。気持ち悪っ。

 ロウソクは勝手に発火し、火を灯す。


「無駄なことしてんじゃねぇ!」


 飛び掛かってくるマハルト。

 俺はロウソクの火をマハルトに向ける。ティソーナは火力を上昇させ、火炎放射をマハルトに浴びせた。


「ぐ――がはぁ!? この、火力は……!?」


 迷宮で出していた火炎ほどじゃないにせよ、人間3人ぐらい余裕で丸コゲにできる火炎の大きさだ。

 マハルトは炎から逃れ、回転飛行しながら退避し、体に着火した炎を体を振って消す。


「はぁ……! はぁ……!」


 マハルトはさっきと打って変わって警戒を強め、距離を保った。


「この分なら余裕だな。ティソーナ、もう一発いくぞ!」

「【いや、問題発生だ相棒! ロウソクの蝋を見ろ!】」


 そういや、ロウソクを持つ手がなにやらべたつく――


「あ!?」


 手元に視線を下ろすと、なんとロウソクが半分以上溶けている。


「【どうやら火力を出し過ぎると蝋が溶けちまうらしい】」

「ほんっと使いづらいなお前ッ!!」

「【そういうこと言うな! 神様だって傷つくんだからな!】」


「は、はは! そう連発できる技じゃなさそうだな! それに俺はもう、そいつの対策は済ませたぜ! 風結界ふうけっかい!」


 マハルトは霊力を風に変え、身に纏った。

 俺は手元のロウソクをマハルトに向け、蝋を全て消費して火炎を放射する。だが、火炎は風に逸らされ、家具に燃え移った。


(風で炎のルートを誘導されてら)

「【どうする相棒!】」

「どうしよう」


 うーむ。剣さえあればな、風の隙間縫ってマハルト斬るぐらい、なんてことないんだが、


 剣……剣……、


「そうだ!」


 俺はベルト挟んでおいたロウソクを手にし、ロウソクにティソーナを憑かせる。


「ティソーナ、お前、炎の形をいじれるか?」

「【ああ、できるぜぇ!】」

「よし。ならよ」


 俺はロウソクを構える。まるで剣を構えるように。


「火炎でやいばを作れ!」

「【任せなぁ!!】」


 ロウソクから出た炎が、真っ赤で真っすぐな刀身となる。


(こんな得物エモノ、使いこなせるか賭けだな……!)


 ティソーナ、ブレードモード。


「地獄の果てまで、吹っ飛びやがれ!!」


 マハルトは飛行し、突っ込んでくる。

 俺は床を蹴り、大きく踏み込んだ。



――スン。と、綺麗で、無駄のない音が響いた。



「……どうやら、今回の賭けも、あんたの負けのようだ」

「クズ、野郎……が! え、る!!」


 炎の剣は風の結界の隙間を縫い、すれ違いざまにマハルトの首を切断した。

 ロウソクの火を吹いて消すと同時に、部屋中の炎は消え、マハルトの死体は地に落ちた。


「さぁて、未練もなくなったことだし、とっとと〈アルファム〉を出ちまうか」

「【その前にロウソクの補充しようぜ! あと腹減ったし、飯も食いてぇ!】」

「お前、飯とか食えるのか?」

「【ロウソクに憑依してれば食えるぜ!】」

「なにが好き?」

「【ハンバーガー!】」

「お! 気が合うねぇ」


 俺達は談笑しながら屋敷を出る。


 これが、俺とティソーナの初陣。

 のちに“Candleキャンドル Knightナイト”と呼ばれる退魔士の初陣だ。

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