目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 最初の街〈ヴィスコ〉

 夜の酒場。

 農作業を終えた農夫が、土木作業を終えた工夫が酒を浴びるように飲んでいる。

 喧騒の中、俺はカウンター席に座ってチーズやらハムやらパスタやらを食べていた。


「うめぇ! こんなご馳走食べたの久しぶりだぜ! おっさん、ひょっとしてあれか? 三ツ星シェフってやつか?」


 皿を次々と空にしながら俺は聞く。

 店主はグラスを拭きながら、


「星なんて持っちゃいないよ。こんなちんけな料理で感動するなんて、お前さん、安い舌してるな」

「お、ありがとう!」

「いや、褒めちゃいないよ……」

「そうなのか? 舌は肥えてない方が得だろう? ほとんどの料理が不味く感じる舌より、ほとんどの料理が美味く感じる舌の方が断然いいぜ」

「ははっ! 一理あるなぁ。ところでよ」


 店主は俺の隣で、チーズを食べているに目を向けた。


「【むしゃむしゃむしゃ! ごっくん!! ぷはぁ!! こいつはうめぇ! おっちゃん、酒はねぇのかぁ?】」

「……」


 店主のおっさんは整った顎鬚を撫でながら、目を丸くしている。


「なんでロウソクがチーズを食べてるんだ?」

「高性能な玩具だろ?」 


 全力でとぼける姿勢の俺。


「いやいや、喋る玩具ロウソクなんて聞いたことがない」

「最近の玩具は進化していてね……」

「限度があるだろう!?」


 故郷を出た俺とティソーナは〈アルファム〉の北にある町、ここ〈ヴィスコ〉に来ていた。今の俺達の目的はエクソシストになるため教団に入団すること。そのために、教団支部に行くことだ。


「【おいエル! 目的を忘れてるんじゃねぇだろうな!?】」

「わかってるよ。なぁおっさん、この町に教団ってあるか?」

「教団? 知らねぇな」

「そっか。この町にもねぇのか……」

「その教団ってのを探して、この町に来たのか?」

「そう! 俺はエクソシストになりたいんだ。エクソシストになるためには、まず教団に入らないといけないんだと」


 俺は師匠ハーツから貰った紹介状をちらつかせる。


「この師匠から貰った紹介状を教団員に渡せばいいらしいんだが、肝心の教団員にまだ会えてなくてね」

「ちょい待ち。教団ってのは知らないが、エクソシストならこの町にいるぜ。1人だけな」

「え?」


 バタン! と、酒場のスイングドアを押し開ける音がした。

 酒場にいる全員がその音に目線を向ける。


「こんばんは皆さん」


 ニッコリ笑顔の白髪の男。白い服を着ており、見た目は如何にも温和そうだ。だけど、男が入ってきた瞬間に、さっきまで騒いでいた客が全員シーンとなった。

 男は1人の女性の肩を抱いている。16~18歳ぐらいの女性だ。露出の多い恰好をしていて、顔にそばかすがある。


「……セリム様だ」


 店主が俺にだけ聞こえる声で言う。


「誰だ?」

「いま話したエクソシストだよ」

「あいつがか?」


 セリムはマントを翻してカウンターの方に来る。


「いけねぇ! 坊主、その席を離れろ!」

「どうして?」

「そこはセリム様のお気に入りの席なんだ!」


 セリムは俺の背後まで来て、ピタッと足を止めた。

 ニッコリとした笑顔のまま、セリムは俺を見下ろす。


「失敬。席を譲ってはくれないか?」

「なんで? 他の席が空いてるだろ」


 ピシ。と空気が凍る音が聞こえた。


「……ちょっと、キミ。退いた方がいいわ」


 連れの女が忠告してくる。

 他の連中は怯えた眼差しを向けてきている。


「……知らない顔だね。他所よそから来たのかな? 俺のこと知らない?」


 セリムは笑顔、だが、その薄皮一枚剥がしたら怒り狂っていることはわかった。


「知らねぇな」


「俺はエクソシストのセリムだ。エクソシストって知ってる? 悪魔を討伐する凄い人間なんだ。俺がいないとこの町は悪魔に潰されてしまう」


「だから?」


 俺が席を離れずにいると、セリムはピクッと眉を震わせた。

 俺は椅子から腰を離し、ティソーナが憑りついたロウソクをベルトに括り付ける。


「悪かったな。どうぞ、エクソシスト殿。ゆっくり食事を楽しむといい」

「ありがとう。立場を理解してくれて助かるよ。でも……」


 パァン! 

 と音を立て、セリムは俺の頬を叩いた。怯んだ俺の腹に追い打ちの蹴りを浴びせてくる。


 俺は抵抗することなく攻撃を受け、隣にあった椅子に背中から突っ込んだ。


「次からはもっと早く退きたまえ」

「……あいよ」


 連れの女が小さく「ごめんなさい」と言った。

 俺はなにも文句を言わず、代金を支払って酒場を出た。



 ◆



「【なんで避けなかった!? お前なら、あれぐらいの攻撃簡単に躱せるだろうがよ!!】」


 肩の上でティソーナが大声で言ってくる。


「耳元で騒ぐな。周りの客の反応見ただろ? あいつはきっと、この町を牛耳ってんだろうよ。あいつをボコしたところで厄介な目に遭うだけだ」

「【けっ! 臆病者め! つーかよ、あいつはエクソシストなんだろ? なんでハーツから貰った紹介状を渡さなかった?】」

「……あいつ、エクソシストだと思うか?」

「【ん? だってそう名乗ってただろうが】」

「なーんかな、引っかかるんだよなぁ」


 視界の端に、“グリーンフィールド”という名の宿を見つける。


「お! 宿発見! 今日はあそこで休もうぜ」


 宿の中へ入る。

 そして宿のカウンターに行き、店主と宿泊費の交渉をする。


「料金は5000オーロだよ」

「はいはい~」


 部屋に行こうとすると、


「待ちな。うちは先払いだ」

「はいはーい。どうぞ」


 俺は財布の中身を全て台の上に出す。

 散らばった小銭、数えてみるとなんと1200オーロだった。


「足りねぇな」

「あらホント」


 ◆


 寒い夜の中、家と家の隙間で風を凌ぐ。


「【メシ食い過ぎなんだよ、お前はよ!】」

「……お前だってたらふく食ってたじゃねぇか」


 こんな場所で寝たら風邪ひいちまうな。仕方ない。


「金を作るか」

「【どうやって?】」

「こいつを売る」


 俺はベルトに引っ掛けていたロウソクを出す。


「【はぁ!? ロウソクを売るなんて正気じゃねぇぜ!】」

「だって今7本もあるんだぞ? こんないらねぇだろ。4本ありゃ十分。マッチ売りの少女ならぬ、ロウソク売りの少年になるぜ。――すみませーん! ロウソク要りませんか~?」

「【やめろ! 売るんじゃねぇ! 大切な俺様のボディだぞ! みんな買うな! このロウソクは突然喋り出すぞ! 気色悪いぞぉ!】」

「てめ、ごらティソーナ! 邪魔すんじゃねぇ! お前が言うと信憑性がダンチなんだよ!」


 俺とティソーナが口論を繰り広げていると、


「……なにしてるの?」


 白い頭巾を被った女子が、俺達の前で止まった。

 さっきセリムと一緒に居た、そばかすの女だ。


「そろそろ悪魔が出る時間よ。外にいると危ないわ」

「そんなこと言われても、泊まる場所がなくてな……」

「ふーん、じゃあ、わたしの家、泊めさせてあげてもいいけど?」

「マジか!」

「うん。さっきは悪い事したしね」


 俺は小さく頭を下げる。


「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?