夜の酒場。
農作業を終えた農夫が、土木作業を終えた工夫が酒を浴びるように飲んでいる。
喧騒の中、俺はカウンター席に座ってチーズやらハムやらパスタやらを食べていた。
「うめぇ! こんなご馳走食べたの久しぶりだぜ! おっさん、ひょっとしてあれか? 三ツ星シェフってやつか?」
皿を次々と空にしながら俺は聞く。
店主はグラスを拭きながら、
「星なんて持っちゃいないよ。こんなちんけな料理で感動するなんて、お前さん、安い舌してるな」
「お、ありがとう!」
「いや、褒めちゃいないよ……」
「そうなのか? 舌は肥えてない方が得だろう? ほとんどの料理が不味く感じる舌より、ほとんどの料理が美味く感じる舌の方が断然いいぜ」
「ははっ! 一理あるなぁ。ところでよ」
店主は俺の隣で、チーズを食べている
「【むしゃむしゃむしゃ! ごっくん!! ぷはぁ!! こいつはうめぇ! おっちゃん、酒はねぇのかぁ?】」
「……」
店主のおっさんは整った顎鬚を撫でながら、目を丸くしている。
「なんでロウソクがチーズを食べてるんだ?」
「高性能な玩具だろ?」
全力でとぼける姿勢の俺。
「いやいや、喋る
「最近の玩具は進化していてね……」
「限度があるだろう!?」
故郷を出た俺とティソーナは〈アルファム〉の北にある町、ここ〈ヴィスコ〉に来ていた。今の俺達の目的はエクソシストになるため教団に入団すること。そのために、教団支部に行くことだ。
「【おいエル! 目的を忘れてるんじゃねぇだろうな!?】」
「わかってるよ。なぁおっさん、この町に教団ってあるか?」
「教団? 知らねぇな」
「そっか。この町にもねぇのか……」
「その教団ってのを探して、この町に来たのか?」
「そう! 俺はエクソシストになりたいんだ。エクソシストになるためには、まず教団に入らないといけないんだと」
俺は
「この師匠から貰った紹介状を教団員に渡せばいいらしいんだが、肝心の教団員にまだ会えてなくてね」
「ちょい待ち。教団ってのは知らないが、エクソシストならこの町にいるぜ。1人だけな」
「え?」
バタン! と、酒場のスイングドアを押し開ける音がした。
酒場にいる全員がその音に目線を向ける。
「こんばんは皆さん」
ニッコリ笑顔の白髪の男。白い服を着ており、見た目は如何にも温和そうだ。だけど、男が入ってきた瞬間に、さっきまで騒いでいた客が全員シーンとなった。
男は1人の女性の肩を抱いている。16~18歳ぐらいの女性だ。露出の多い恰好をしていて、顔にそばかすがある。
「……セリム様だ」
店主が俺にだけ聞こえる声で言う。
「誰だ?」
「いま話したエクソシストだよ」
「あいつがか?」
セリムはマントを翻してカウンターの方に来る。
「いけねぇ! 坊主、その席を離れろ!」
「どうして?」
「そこはセリム様のお気に入りの席なんだ!」
セリムは俺の背後まで来て、ピタッと足を止めた。
ニッコリとした笑顔のまま、セリムは俺を見下ろす。
「失敬。席を譲ってはくれないか?」
「なんで? 他の席が空いてるだろ」
ピシ。と空気が凍る音が聞こえた。
「……ちょっと、キミ。退いた方がいいわ」
連れの女が忠告してくる。
他の連中は怯えた眼差しを向けてきている。
「……知らない顔だね。
セリムは笑顔、だが、その薄皮一枚剥がしたら怒り狂っていることはわかった。
「知らねぇな」
「俺はエクソシストのセリムだ。エクソシストって知ってる? 悪魔を討伐する凄い人間なんだ。俺がいないとこの町は悪魔に潰されてしまう」
「だから?」
俺が席を離れずにいると、セリムはピクッと眉を震わせた。
俺は椅子から腰を離し、ティソーナが憑りついたロウソクをベルトに括り付ける。
「悪かったな。どうぞ、エクソシスト殿。ゆっくり食事を楽しむといい」
「ありがとう。立場を理解してくれて助かるよ。でも……」
パァン!
と音を立て、セリムは俺の頬を叩いた。怯んだ俺の腹に追い打ちの蹴りを浴びせてくる。
俺は抵抗することなく攻撃を受け、隣にあった椅子に背中から突っ込んだ。
「次からはもっと早く退きたまえ」
「……あいよ」
連れの女が小さく「ごめんなさい」と言った。
俺はなにも文句を言わず、代金を支払って酒場を出た。
◆
「【なんで避けなかった!? お前なら、あれぐらいの攻撃簡単に躱せるだろうがよ!!】」
肩の上でティソーナが大声で言ってくる。
「耳元で騒ぐな。周りの客の反応見ただろ? あいつはきっと、この町を牛耳ってんだろうよ。あいつをボコしたところで厄介な目に遭うだけだ」
「【けっ! 臆病者め! つーかよ、あいつはエクソシストなんだろ? なんでハーツから貰った紹介状を渡さなかった?】」
「……あいつ、エクソシストだと思うか?」
「【ん? だってそう名乗ってただろうが】」
「なーんかな、引っかかるんだよなぁ」
視界の端に、“グリーンフィールド”という名の宿を見つける。
「お! 宿発見! 今日はあそこで休もうぜ」
宿の中へ入る。
そして宿のカウンターに行き、店主と宿泊費の交渉をする。
「料金は5000オーロだよ」
「はいはい~」
部屋に行こうとすると、
「待ちな。うちは先払いだ」
「はいはーい。どうぞ」
俺は財布の中身を全て台の上に出す。
散らばった小銭、数えてみるとなんと1200オーロだった。
「足りねぇな」
「あらホント」
◆
寒い夜の中、家と家の隙間で風を凌ぐ。
「【メシ食い過ぎなんだよ、お前はよ!】」
「……お前だってたらふく食ってたじゃねぇか」
こんな場所で寝たら風邪ひいちまうな。仕方ない。
「金を作るか」
「【どうやって?】」
「こいつを売る」
俺はベルトに引っ掛けていたロウソクを出す。
「【はぁ!? ロウソクを売るなんて正気じゃねぇぜ!】」
「だって今7本もあるんだぞ? こんないらねぇだろ。4本ありゃ十分。マッチ売りの少女ならぬ、ロウソク売りの少年になるぜ。――すみませーん! ロウソク要りませんか~?」
「【やめろ! 売るんじゃねぇ! 大切な俺様のボディだぞ! みんな買うな! このロウソクは突然喋り出すぞ! 気色悪いぞぉ!】」
「てめ、ごらティソーナ! 邪魔すんじゃねぇ! お前が言うと信憑性がダンチなんだよ!」
俺とティソーナが口論を繰り広げていると、
「……なにしてるの?」
白い頭巾を被った女子が、俺達の前で止まった。
さっきセリムと一緒に居た、そばかすの女だ。
「そろそろ悪魔が出る時間よ。外にいると危ないわ」
「そんなこと言われても、泊まる場所がなくてな……」
「ふーん、じゃあ、わたしの家、泊めさせてあげてもいいけど?」
「マジか!」
「うん。さっきは悪い事したしね」
俺は小さく頭を下げる。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう」