「さっきはごめんなさい。セリム様、ちょっと気難しいところがあってね」
「別に、あんたが謝る事じゃないだろ」
「……ありがと。ここよ、わたしの家」
彼女の家は小さな一軒家だ。家の灯りは点いていない。
俺達は家に上がり、テーブルにつく。
「お前……1人で住んでるのか?」
「うん。たまに
「そうか……」
「わたしはパティ。あなたの名前は?」
「俺はエルだ」
「【俺様はティソーナだ!!】」
「うわっ!?」
パティは喋るロウソクを見て驚きの声をあげる。
「ロウソクが喋った!」
パティはシチューを作り、俺達に振舞ってくれた。
「それにしても凄いね。喋るキャンドルなんてはじめて見たわ!」
「【そうだろ、凄いだろ!】」
「炎も綺麗で素敵」
「【お! わかるね嬢ちゃん! このボディも美しいだろ?】」
ティソーナとパティはあっという間に意気投合した。
「なぁパティ、この町って悪魔がよく出るのか?」
「うん。大体1日1体ぐらいは出るかな~」
「【なんだ、この近くには迷宮があるのかよ?】」
「めいきゅう?」
「やけにでっかい建物とか、すげぇ深い穴とか、見たことないか?」
「ううん。ないよ」
ティソーナは「【う~ん?】」と疑念を抱いている様子。
「どうした?」
「【いや、そんな頻度で出るならよ、近くに迷宮がなきゃおかしいぜ。悪魔は迷宮で生まれるんだからな】」
ティソーナが言うには、迷宮ってのはその地域の人・動物・物の霊魂を吸って迷わせる棺らしい。霊魂を変幻させ、悪魔を作り、迷宮は悪魔の巣窟となるそうだ。迷宮から悪魔が逃げ出し、独立したのがマハルトに取り憑いたゲイルのような存在だろう。
つまり、迷宮からしか悪魔は産まれない。迷宮が近くにないならそう頻繁に悪魔は出ない。ありえるとしたら遠くの迷宮から大群が来ている可能性だが、だとすれば1日1体じゃなくて一気に押し寄せ、町を喰らい尽くすはずだ。
「なるほどね」
「でも本当にいつも出るわよ。その
「セリム様ねぇ……」
「セリム様は凄いんだから。セリム様が悪魔を倒してくれてるから、わたしたちは安心して暮らせる。わたしのお父さんとお母さんの仇も、セリム様が倒してくれた。だからわたしは、一生かけてセリム様に恩返ししたいんだ……」
それでセリムにひっついてるのか。
俺は皿を空にして、手を合わせる。
「ご馳走様。
パティの作ったシチューは金が取れるぐらい、
「ほんと!? よかった!」
「皿は俺が洗うよ。それぐらいやらせてくれ」
台所で皿を洗いながら、肩の上のティソーナと会話する。
「……一度、セリムが悪魔退治するところを見たいな」
「【そんなにあのセリムって奴が気になるのか?】」
「ああ。セリムも気になるがこの町も気になる。なーんか、町に入ってからずっと迷宮の中にいる時みたいにプレッシャーを感じるんだよ。セリムに近づいた時、そのプレッシャーが強くなった気がした」
皿を洗い終わると、
「悪魔が出たぞー! セリム様を呼べ!!」
と、男の声が外から聞こえた。
「ちょうどいい。見に行くぞ、ティソーナ!」
「【おう!】」
◆
道のど真ん中、一軒家ほどの大きさの体躯の怪獣がいた。
象に鼻を2本追加して、肌の色を真っ黒にした感じだ。悪魔ではなく怪獣と表現したのは、それが悪魔なのか確証が持てなかったためである。
肌がゴツゴツしていて、堅そうだった。
全身が金属で出来てるみたいだ。生物の形をして、あんな肌をした悪魔を俺は見たことがなかった。
「見たまえ諸君! これより、エクソシスト・セリムの華麗な
セリムは腰に差した剣を抜き、天に向けて突き上げる。
周囲の人間は「お~!」と歓声をあげる。
「はああああああああああっっ!」
セリムは飛び上がり、剣を縦に振って怪獣を真っ二つにした。
「どうだ、見たか諸君! 我が素晴らしき剣技を!」
さらに歓声がワッとあがる。
「どう? 凄いでしょ」
背後からパティが話しかけてくる。
「セリム様はエクソシストでありながら剣術の達人なのよ」
「そうみたいだな」
苦笑交じりに俺は言う。
パティは手にタオルを持って、セリムの元へ走っていった。
「どう思う? ティソーナ」
「【お前と同じだよ。……ありゃエクソシストじゃない】」
「だよな。守護神も使ってなかったし、霊力も纏ってなかった」
剣の扱いもお粗末だったな。子供のごっこ遊びと同レベルだ。
「じゃあなんで、アイツが悪魔を倒せてんのかって話だ。悪魔の方もなにかがおかしい」
俺は野次馬の1人を捕まえる。
「なぁあんた、セリムの家はどこにあるか知ってるか?」
「セリム様の家ならここから南にある豪邸だよ。他の建物と違って、大きいからすぐわかる」
「わかった。サンキュー」
さて、
「【探るのか?】」
「放っておくわけにもいかねぇだろ」
俺は早速セリムの家を目指した。
◆
「ここだな」
セリムの豪邸。
基本的に貧しそうなこの町で、明らかに常軌を逸して金を費やされているとわかる。
豪邸は明るい。セリムはいないが、使用人が居るようだ。
俺は身を潜めながら窓の側へ近寄り、中を覗く。
「ここが寝室だな」
「【わかったぜ相棒。家に潜入して、セリムの
「まぁな。ただし、潜入するのはお前だけだ」
「【なぬ?】」
「見ろ。ベッドの側のランプ」
俺は寝室のランプを指さす。
「中に入ってるのはロウソクだ」
「【ま、まさか、俺様に取り憑けって言うのか!?】」
「この方法ならまずバレない。頼むぜティソーナ、スパイやってくれ! 今度アロマキャンドル買ってやるからよ」
「【はぁ~……ったく仕方ねぇな。アロマキャンドル2本で手を打ってやる】」
俺はティソーナをランプのキャンドルに憑かせ、その場を離れた。
◆◆◆
(最悪だぜ)
エルがセリム宅を離れてから1時間が過ぎた頃、ティソーナは地獄を味わっていた。
「セリム様ぁ……! は、激しいッ!!」
「なんのっ! まだまだこれからだ!!」
延々と、セリムとセリムファンの女の喘ぎ声を聞かされていたのだ。
地獄の時間が続く。
(エル! これはアロマキャンドル2本じゃすまねぇぞ! つーかこいつ、一晩に何人抱いてるんだよ!)
すでに5人目である。
それから10分が過ぎた頃、ティソーナは悪寒を感じた。
(なんだ? 妙な霊力が部屋に入ってきた)
喘ぎ声が止まる。
「すまない君達。今日は帰ってくれ」
セリムはそう言って女達を帰らせた。
女が帰った後、部屋にどす黒い霊力の塊が現れる。
「【セリム……お前ばかりズルいぞ】」
低い、男の声だ。
(間違いねぇ、悪魔だ!)
ティソーナはガラス瓶の中からそーっと姿を見る。
その悪魔は四つ足で、羊の頭、蛇の尻尾、狼の体を持った動物型悪魔だ。
「すまないグーダム。今日はストレスが溜まっていてね」
「【私にも、もっと人間を喰わせろ。最近は喰う前に邪魔ばかりしやがって】」
「仕方ないだろ? あまり民を守れないと、評判が下がってしまうからね」
「【セリム!】」
悪魔――グーダムは怒気を強める。セリムはビクッと体を震わし、後ずさった。
「【私は腹を満たすため、お前は名誉を手に入れるため、手を組んだはずだ。私が魔術でハリボテの悪魔を作り、貴様に倒させ、名誉を与えてきた。代わりに貴様は私に人間を献上する約束のはずだ!】」
「わ、わかっている。わかっているよ……次は、君が2、3人食べた後で行くからさ」
「【……そうしてくれ。次は出来れば、若い女がいい】」
「わかった。言うとおりにしよう」
ティソーナは全てを理解する。
(マッチポンプってわけかよ! 悪魔を倒したフリをして、英雄を気取ってたわけだ。その代わり、悪魔に人間を喰わせ続けた……さいっていだぜコイツは! 早くエルに伝えに行こう)
悪魔から守護神に転身したティソーナは、正義感の強い性格になっていた。
ティソーナはロウソクから離脱する。
ティソーナは気づかなかった。
寝室の扉の裏で、セリムと悪魔の会話を聞いていた女性がいたことを。
若くて、顔にそばかすのある女性だ。