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第16話 スパイ・ティソーナ

「さっきはごめんなさい。セリム様、ちょっと気難しいところがあってね」

「別に、あんたが謝る事じゃないだろ」

「……ありがと。ここよ、わたしの家」


 彼女の家は小さな一軒家だ。家の灯りは点いていない。

 俺達は家に上がり、テーブルにつく。


「お前……1人で住んでるのか?」

「うん。たまに叔父おじさんが様子見に来ることがあるけど、基本は1人だよ。お父さんもお母さんも悪魔に食べられちゃったから」

「そうか……」

「わたしはパティ。あなたの名前は?」

「俺はエルだ」

「【俺様はティソーナだ!!】」

「うわっ!?」


 パティは喋るロウソクを見て驚きの声をあげる。


「ロウソクが喋った!」


 パティはシチューを作り、俺達に振舞ってくれた。


「それにしても凄いね。喋るキャンドルなんてはじめて見たわ!」

「【そうだろ、凄いだろ!】」

「炎も綺麗で素敵」

「【お! わかるね嬢ちゃん! このボディも美しいだろ?】」


 ティソーナとパティはあっという間に意気投合した。


「なぁパティ、この町って悪魔がよく出るのか?」

「うん。大体1日1体ぐらいは出るかな~」

「【なんだ、この近くには迷宮があるのかよ?】」

「めいきゅう?」

「やけにでっかい建物とか、すげぇ深い穴とか、見たことないか?」

「ううん。ないよ」


 ティソーナは「【う~ん?】」と疑念を抱いている様子。


「どうした?」

「【いや、そんな頻度で出るならよ、近くに迷宮がなきゃおかしいぜ。悪魔は迷宮で生まれるんだからな】」


 ティソーナが言うには、迷宮ってのはその地域の人・動物・物の霊魂を吸って迷わせる棺らしい。霊魂を変幻させ、悪魔を作り、迷宮は悪魔の巣窟となるそうだ。迷宮から悪魔が逃げ出し、独立したのがマハルトに取り憑いたゲイルのような存在だろう。


 つまり、迷宮からしか悪魔は産まれない。迷宮が近くにないならそう頻繁に悪魔は出ない。ありえるとしたら遠くの迷宮から大群が来ている可能性だが、だとすれば1日1体じゃなくて一気に押し寄せ、町を喰らい尽くすはずだ。


「なるほどね」

「でも本当にいつも出るわよ。そのたび、セリム様が倒してくれているけどね」

「セリム様ねぇ……」

「セリム様は凄いんだから。セリム様が悪魔を倒してくれてるから、わたしたちは安心して暮らせる。わたしのお父さんとお母さんの仇も、セリム様が倒してくれた。だからわたしは、一生かけてセリム様に恩返ししたいんだ……」


 それでセリムにひっついてるのか。

 俺は皿を空にして、手を合わせる。


「ご馳走様。美味うまかったよ」


 パティの作ったシチューは金が取れるぐらい、美味おいしかった。


「ほんと!? よかった!」

「皿は俺が洗うよ。それぐらいやらせてくれ」


 台所で皿を洗いながら、肩の上のティソーナと会話する。


「……一度、セリムが悪魔退治するところを見たいな」

「【そんなにあのセリムって奴が気になるのか?】」

「ああ。セリムも気になるがこの町も気になる。なーんか、町に入ってからずっと迷宮の中にいる時みたいにプレッシャーを感じるんだよ。セリムに近づいた時、そのプレッシャーが強くなった気がした」


 皿を洗い終わると、


「悪魔が出たぞー! セリム様を呼べ!!」


 と、男の声が外から聞こえた。


「ちょうどいい。見に行くぞ、ティソーナ!」

「【おう!】」


 ◆


 道のど真ん中、一軒家ほどの大きさの体躯の怪獣がいた。

 象に鼻を2本追加して、肌の色を真っ黒にした感じだ。悪魔ではなく怪獣と表現したのは、それが悪魔なのか確証が持てなかったためである。


 肌がゴツゴツしていて、堅そうだった。

 全身が金属で出来てるみたいだ。生物の形をして、あんな肌をした悪魔を俺は見たことがなかった。


「見たまえ諸君! これより、エクソシスト・セリムの華麗な討魔とうまを披露しよう!」


 セリムは腰に差した剣を抜き、天に向けて突き上げる。

 周囲の人間は「お~!」と歓声をあげる。


「はああああああああああっっ!」


 セリムは飛び上がり、剣を縦に振って怪獣を真っ二つにした。


「どうだ、見たか諸君! 我が素晴らしき剣技を!」


 さらに歓声がワッとあがる。


「どう? 凄いでしょ」


 背後からパティが話しかけてくる。


「セリム様はエクソシストでありながら剣術の達人なのよ」

「そうみたいだな」


 苦笑交じりに俺は言う。

 パティは手にタオルを持って、セリムの元へ走っていった。


「どう思う? ティソーナ」

「【お前と同じだよ。……ありゃエクソシストじゃない】」

「だよな。守護神も使ってなかったし、霊力も纏ってなかった」


 剣の扱いもお粗末だったな。子供のごっこ遊びと同レベルだ。


「じゃあなんで、アイツが悪魔を倒せてんのかって話だ。悪魔の方もなにかがおかしい」


 俺は野次馬の1人を捕まえる。


「なぁあんた、セリムの家はどこにあるか知ってるか?」

「セリム様の家ならここから南にある豪邸だよ。他の建物と違って、大きいからすぐわかる」

「わかった。サンキュー」


 さて、


「【探るのか?】」

「放っておくわけにもいかねぇだろ」


 俺は早速セリムの家を目指した。


 ◆


「ここだな」


 セリムの豪邸。

 基本的に貧しそうなこの町で、明らかに常軌を逸して金を費やされているとわかる。

 豪邸は明るい。セリムはいないが、使用人が居るようだ。


 俺は身を潜めながら窓の側へ近寄り、中を覗く。


「ここが寝室だな」

「【わかったぜ相棒。家に潜入して、セリムのふところを探ろうって腹だな?】」

「まぁな。ただし、潜入するのはお前だけだ」

「【なぬ?】」

「見ろ。ベッドの側のランプ」


 俺は寝室のランプを指さす。


「中に入ってるのはロウソクだ」

「【ま、まさか、俺様に取り憑けって言うのか!?】」

「この方法ならまずバレない。頼むぜティソーナ、スパイやってくれ! 今度アロマキャンドル買ってやるからよ」

「【はぁ~……ったく仕方ねぇな。アロマキャンドル2本で手を打ってやる】」


 俺はティソーナをランプのキャンドルに憑かせ、その場を離れた。



 ◆◆◆



(最悪だぜ)


 エルがセリム宅を離れてから1時間が過ぎた頃、ティソーナは地獄を味わっていた。


「セリム様ぁ……! は、激しいッ!!」

「なんのっ! まだまだこれからだ!!」


 延々と、セリムとセリムファンの女の喘ぎ声を聞かされていたのだ。

 地獄の時間が続く。


(エル! これはアロマキャンドル2本じゃすまねぇぞ! つーかこいつ、一晩に何人抱いてるんだよ!)


 すでに5人目である。

 それから10分が過ぎた頃、ティソーナは悪寒を感じた。


(なんだ? 妙な霊力が部屋に入ってきた)


 喘ぎ声が止まる。


「すまない君達。今日は帰ってくれ」


 セリムはそう言って女達を帰らせた。

 女が帰った後、部屋にどす黒い霊力の塊が現れる。



「【セリム……お前ばかりズルいぞ】」



 低い、男の声だ。


(間違いねぇ、悪魔だ!)


 ティソーナはガラス瓶の中からそーっと姿を見る。

 その悪魔は四つ足で、羊の頭、蛇の尻尾、狼の体を持った動物型悪魔だ。


「すまないグーダム。今日はストレスが溜まっていてね」

「【私にも、もっと人間を喰わせろ。最近は喰う前に邪魔ばかりしやがって】」

「仕方ないだろ? あまり民を守れないと、評判が下がってしまうからね」

「【セリム!】」


 悪魔――グーダムは怒気を強める。セリムはビクッと体を震わし、後ずさった。


「【私は腹を満たすため、お前は名誉を手に入れるため、手を組んだはずだ。私が魔術でハリボテの悪魔を作り、貴様に倒させ、名誉を与えてきた。代わりに貴様は私に人間を献上する約束のはずだ!】」

「わ、わかっている。わかっているよ……次は、君が2、3人食べた後で行くからさ」

「【……そうしてくれ。次は出来れば、若い女がいい】」

「わかった。言うとおりにしよう」


 ティソーナは全てを理解する。


(マッチポンプってわけかよ! 悪魔を倒したフリをして、英雄を気取ってたわけだ。その代わり、悪魔に人間を喰わせ続けた……さいっていだぜコイツは! 早くエルに伝えに行こう)


 悪魔から守護神に転身したティソーナは、正義感の強い性格になっていた。

 ティソーナはロウソクから離脱する。


 ティソーナは気づかなかった。

 寝室の扉の裏で、セリムと悪魔の会話を聞いていた女性がいたことを。


 若くて、顔にそばかすのある女性だ。

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