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1-29 出会い、そして別れ



 食事処を出て、そのまま白群びゃくぐんの一族が借りている邸へ向かう。奉納祭で助けてもらった礼をどうしても宗主に直接伝えたかったのだ。


 夕方近くにやっと帰ってきた白笶びゃくやを、ふたりの若い従者らしき者が礼儀正しく迎えた。隣にいる自分にも同じく挨拶をしてくれたので、慌てて無明むみょうも返す。ふたりは腕に抱えられた土産物を白笶びゃくやから受け取って奥へと持っていった。


 白笶びゃくや無明むみょうを連れて宗主がいる部屋へと向かう。部屋の前で声をかけて中に入る許可を得る。ふたりは腕で囲いを作り頭を下げて挨拶をすると、奥に座る宗主の顔を窺った。


「伯父上、戻りました」


 白笶びゃくやは宗主の弟の子であったが、赤子の頃に両親を失ったため、宗主が自分の養子にしたのだった。しかし白笶びゃくやは自分の立場を理解した上で、宗主を伯父上と呼ぶ。


「奉納祭のお礼を直接お伝えしたくて、公子様に頼んで連れて来てもらいました。あの時は助けてくださり、本当にありがとうございました」


「いや、礼には及びません。むしろ、こちらの方が礼を言いたいほどです。玄武の宝玉は浄化され光を取り戻しました。なにより、今まで見たどんな舞よりも実に見事な舞でした」


 六十代くらいの宗主は目じりの笑い皺が特徴的で、威厳があるがとても優しい眼差しをしており、瞳の色は白笶びゃくやよりもずっと深い青色をしていた。


「今日は白笶びゃくやが世話になったようで、」


「俺の方こそ助けてもらってばかりなのに、なにもお返しできてなくて。今日もそのお礼のはずだったのに、良く考えたら自分が一番楽しんでいたような気も····、」


 あはは····と苦笑し、無明むみょうは頬をかく。


「とんでもない。友のひとりもいない子で、誰かと出かけるなど今まで考えられない事でしたので。よほどあなたが気に入ったのでしょう」


「それは俺も似たようなものです」


 正直、友と呼べる者はいない。竜虎りゅうこ璃琳りりんは友というより家族で、かけがえのない存在ではあるが。


「先ほどまで飛虎ひこ宗主がいらっしゃったのですが、行き違いになったようですね」


「父上が?」


 そうえいば、昨日の夜に白群びゃくぐんの邸に礼をしに行くと言っていた気がする。


「歴代の金虎きんこの宗主の中でも、あの方は立派な宗主です。我々は大したことはしていないのに、わざわざ宗主自ら礼に来るなんて、」


「あの時宗主や公子様が発言してくださらなかったら、奉納祭は成功していなかったと思います」


 謙遜する宗主にふるふると首を振って無明むみょうは感謝を伝える。


碧水へきすいに来た際は、今度は碧水へきすい中をこの子に案内させましょう」


 叶わないことだと知っていたが、無明むみょうはぜひ、と頷いた。短い時間だったが言葉を交わし、最後にもう一度感謝と礼の言葉を伝え部屋を出る。


 邸の外まで白笶びゃくやが送ってくれた。別れがたい思いがあったが、来年また逢えると思うと楽しみさえあった。


「そうだ。俺に掛けてくれた衣なんだけど、明日見送りに行く時に返すね。持って来ようと思ったんだけど、まだ乾いていなかったから」


「別に、持っていてくれてかわまない」


「じゃあ、次に逢う時に返すね」


 いつものように人懐こい笑みを浮かべて見上げると、その頬に白笶びゃくやの手が伸ばされる。触れるか触れないかという距離で伸ばされたその右手は、触れる前に止まり、そのままゆっくりと下ろされた。


「君を、見つけられてよかった」


 その言葉の真意はわからなかった。けれどもどこまでも優しい眼で見つめられ、なんだか寂しい気持ちになった。夕暮れ色に染まった空が余計にそう思わせる。


「また一緒に遊べるといいねっ」


 そんな気持ちを振り払うように、無明むみょう白笶びゃくやが下ろしたその手を両手で包んで精一杯の言葉を伝える。子供みたいな台詞だと我ながら呆れたが、彼はうんと答えてくれた。


 絶対に、また、一緒に。


 そう誓って、無明むみょうは何度も振り返りながら邸を後にした。




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