ガタン、ゴトン。
気の抜けたような揺れと共に車窓の景色がゆっくりと流れていく。
見慣れた都会の風景はもうどこにもなくて、代わりに広がり始めたのは、どこか広々とした空と、まだ少し肌寒い風が似合いそうな田園風景だ。
今日から僕が暮らすことになる街――
正直、名前を聞いてもピンとこなかったし、どんな場所なのか想像もつかなかった。まあ、どこだってよかったんだ、別に。前の学校で……うん、ちょっと色々あって、心機一転、誰も僕を知らない場所でやり直したかった。ただ、それだけ。だから、この電車がどこへ向かっていようと、今はもうどうでもよかったりする。
『まもなくー、わしくー、わしくー』
気の抜けた、それでいてやけに耳に残るアナウンス。僕は「ふぅ」とひとつ息をついて、ボストンバッグを肩に
新しい生活が始まる。
ホームに降り立つと、思ったより空気がひんやりとしていた。四月とはいえ、まだ春本番には少し早いらしい。
駅の構内は、意外なくらい綺麗で近代的だった。改札は最新の顔認証だし、案内表示は大きなタッチパネル。床の上を自動で動く掃除ロボットまでいる。へぇ、スマートシティってやつ? ちょっとびっくりだ。
でも、駅を一歩出ると、景色は一変した。駅前ロータリーの向こうには、昔ながらの商店街らしき通りが伸びている。新しいものと古いものが、なんだか不思議なバランスで隣り合っている……そんな感じの街だった。
不動産屋で鍵を受け取ったアパートは、駅からバスで十分くらいの、なんてことない普通の建物。一人暮らしには十分な広さのワンルームである。
とりあえず荷物を床にどさっと下ろして、ベッドになるはずのマットレスにごろりと寝転がった。窓の外には、隣のアパートの壁と、その向こうに広がる……うん、やっぱり畑? が見えた。あと、遠くには大きな川が流れているような気配もする。
と、その時。ポケットに入れていたスマホがぶぶ、と短く震えた。取り出して画面を見ると、『ようこそ鷲久市へ!』みたいな定型文の下に、見慣れないアイコンからの通知。
『……待ってる』
……え、なにこれ怖い。たぶん迷惑メールか何かだろう。さっさと通知を消して、僕は考えるのをやめた。
翌日。真新しい
教室のドアの前で小さく息を吸う。緊張しないわけじゃないけど……もう、どうにでもなれ、って気分の方が強いかも。
「――はい、今日から新しい仲間が増えまーす。えーっと、
やけにテンションの高い若い男性教師に紹介されて教壇の前に立った。クラス全員の視線が突き刺さるのを感じる。うぅ、やっぱり胃が痛い……。
「……来栖 悠人です。よろしくお願いします」
我ながら覇気のない挨拶だ。一礼して指定された窓際の後ろから二番目の席へ。隣の席の女子と、ばちっと目が合ってしまった。
「……
綺麗な、透き通るような髪の毛。どこか
小さく
「よっ! 来栖! オレ、
元気いっぱいの声が飛んできた。振り返ると人の良さそうな笑顔を浮かべた、桐生 大輝がピースサインを作っていた。うわ、
昼休み。桐生は「腹減ったー!」と叫びながら僕の席にやってきて、「学食、案内してやんよ!」と半ば強引に僕を連れ出した。彼のコミュニケーション能力、ちょっと分けてほしいかも……。
学食で一番安い定食を食べていると、桐生が声を潜めて話し始めた。
「なあなあ、来栖。この街に、最近ちょっとヤバい噂があるの、知ってる?」
「噂?」
「そ。なんかさー、SNSとかで急に変なこと言い出したり、いきなりキレて暴れだしたりするヤツがいるんだってよ。かと思えば、次の日にはケロッとしてたり、逆にガチで意識不明になっちゃったり……マジ怖くね?」
「へえ……」
「
桐生は「んなわけねーか!」と一人ノリツッコミをして笑い飛ばしてた。
放課後。特に誰に誘われるでもなく僕は一人で帰路に就いた。少し街を歩いてみようかと思い、誘いを全て断った。
大通りはそこそこ賑わっていて、最新式のスマートバス停があるかと思えば、すぐ隣には古びた八百屋があったりする。このちぐはぐな感じが、鷲久市の特徴なのだろうか。
商店街を抜けたあたりで、大きな神社の
なんとなく気になって
と、その時だった。
ポケットのスマホが、またしても、ぶぶぶ、と震えた。今度は無視できない感じの振動。画面を見ると、知らないアプリが勝手にインストールされている最中だった。
『インストール中……完了しました』
いやいや、許可してないんですけど!? アイコンは、なんだか
恐る恐る、その謎のアプリのアイコンをタップしてみる。
画面がチカッとノイズを発した気がした。そして、画面中央にポップアップが表示される。
『――待ってたよ』
『準備は、いい?』
まるで、誰かが直接語りかけてくるような、そんなメッセージ。背筋が、ぞわっと
なんだ、これ……?
神社の前での、のどかな放課後の風景の中、自分のスマホの画面を呆然と見つめていた。
この鷲久市での新しい生活。波乱万丈なものになりそうな予感がした。