スマホに勝手にインストールされた名前もない謎のアプリ。
アンインストールしようとしても「できません」の一点張りだし、正直、気味が悪いことこの上ない。
時々、『見てるよ』とか『そろそろかな?』なんて、意味深なメッセージがポップアップで表示されるのも、心臓に悪いからやめてほしい。
まあ、今のところ、それ以上の実害はないのが救いだが……なるべくそのアプリのことは意識の外に追いやって、新しい高校生活に集中しようとしていた。
「おはよー、来栖! 昨日言ってた動画、チェックした?」
「……ああ、まあ、一応」
ホームルーム前。後ろの席の桐生 大輝が、今日も元気いっぱいに話しかけてくる。彼のこういう裏表のない明るさは、ちょっとだけ羨ましい。僕にはないものだから。
「だろ? 面白かったろ!?」
「……まあまあ」
「なんだよ、その反応ー!」
他愛のない会話。隣の席の水瀬 一葉さんは、静かに読書をしている。時々、彼女の視線がこちらに向いているような気がするけど……気のせいだろう。
そんな、表面上は平和な日々。でも……何か良くないことが起きているように思えてならなかった。
「なあ、聞いたか? 隣のクラスの……」
「また? 最近多くない、そういうの」
「なんか、SNSで急に『
「うわ……
教室のあちこちで、そんなひそひそ話が交わされるようになった。
桐生が言っていた『人格豹変事件』。それはもう、遠い噂話なんかじゃなく、すぐそばまで迫ってきている現実のようだった。
良くない物同士を関連付けて不安になってしまう。スマホに強制的にインストールされたアプリ、そして、近づいてくる『人格豹変事件』。嫌な予感だけが胸の中に澱んでいく。
珍しく桐生に誘われて、駅前のファストフード店でだべっていた時のことだ。
隣のテーブルに座っていた同じ制服の男子生徒グループ。その中の一人が、突然、大声で怒鳴り始めたのだ。
「だから! オレは悪くねぇって言ってんだろ! あいつが、あいつが全部悪いんだ!」
「おい、声デカいって! 落ち着けよ、健吾!」
「うるせぇ! オレの気持ちも知らねぇくせに、偉そうにすんじゃねぇよ!」
健吾と呼ばれた生徒は、顔を真っ赤にして完全にキレている様子だった。目は血走り、明らかに普通じゃない。周りの客も何事かと遠巻きに見ている。
「あれ……健吾じゃん。あいつ、最近ちょっと変だって、ウチのクラスでも噂になってたんだよな……」
桐生が心配そうに
健吾は、なだめようとする友人たちを振り払い、ガタン! と大きな音を立てて椅子を蹴飛ばした。そして、狂ったように叫び始めた。
「消えろ! みんな消えろ! オレを馬鹿にするヤツは、全員……!!」
その手には、いつの間にかテーブルにあった金属製のフォークが握りしめられている。まさか……!
止めるために立ち上がろうとした、まさにその瞬間だった。
ポケットのスマホが、ブーーーーッ! と緊急警報みたいに、異常なほど長く強く振動した。慌てて音を止めようと、画面を見ると、あの忌々しいアイコンが明滅している。
『――
『対象:
そして、あの声が、また脳内に直接響いてきた。少し楽しんでいるような、そんな響きすら感じさせる声。
《あーあ、言わんこっちゃない。完全にキレちゃってるね》
《ねえ、キミ。このままじゃ、彼、|本当《マジ》でヤバいよ? 手伝ってあげよっか?》
「手伝うって……どうやって!?」
僕の答えたと同時に、スマホの画面が勝手に切り替わる。
『――緊急介入プログラム、起動――』
『対象の
《それじゃ、ちょっとお邪魔しまーす♪》
ノア(たぶん、あの声の主の名前だ)の軽い口調と共に、僕の視界がぐにゃり、と歪んだ。ファストフード店の
「うわっ……!?」
声を上げたはずなのに、自分の声すら聞こえない。
そして、気づいた時には、僕は全く別の場所に立っていた。
薄暗く、じめじめとした空間。壁や床は、壊れたモニター画面のように明滅を繰り返していて、不快なノイズ音が絶えず響いている。空気は重く、
(なんだ、ここ……? さっきの店は……?)
《だから言ったでしょ? ここは彼の|ココロの中《・・・・・・》だって》
声は聞こえるのに、姿は見えない。ノアは、いったいどこにいるんだ?
《うーん、これは……かなり酷い状態だね。悪い|ムシ《・・》に、ココロ、食い荒らされてるみたい》
ムシ……? それが、桐生の言っていた《|マインドワーム《・・・・・》》ってやつなのか?
《あ、見つけた。ほら、あそこにいるのが……》
ノアの声に促され、僕は恐る恐る前方に目を向けた。
空間の歪みの中から、黒い
「ギ……ヂ……ヂ……」
それは、明らかに僕を敵と認識し、低い唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。
(逃げないと……!)
後ずさろうとするが、恐怖で足がすくんで動けない。
「グルルルゥゥッ!」
「何か」が、地を蹴って猛然と襲い掛かってきた!
(うわあああっ!)
どうすればいいんだ!?