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第2話 ココロのノイズ、届かない声

 スマホに勝手にインストールされた名前もない謎のアプリ。

 アンインストールしようとしても「できません」の一点張りだし、正直、気味が悪いことこの上ない。


 時々、『見てるよ』とか『そろそろかな?』なんて、意味深なメッセージがポップアップで表示されるのも、心臓に悪いからやめてほしい。


 まあ、今のところ、それ以上の実害はないのが救いだが……なるべくそのアプリのことは意識の外に追いやって、新しい高校生活に集中しようとしていた。


「おはよー、来栖! 昨日言ってた動画、チェックした?」

「……ああ、まあ、一応」


 ホームルーム前。後ろの席の桐生 大輝が、今日も元気いっぱいに話しかけてくる。彼のこういう裏表のない明るさは、ちょっとだけ羨ましい。僕にはないものだから。


「だろ? 面白かったろ!?」

「……まあまあ」

「なんだよ、その反応ー!」


 他愛のない会話。隣の席の水瀬 一葉さんは、静かに読書をしている。時々、彼女の視線がこちらに向いているような気がするけど……気のせいだろう。


 そんな、表面上は平和な日々。でも……何か良くないことが起きているように思えてならなかった。


「なあ、聞いたか? 隣のクラスの……」

「また? 最近多くない、そういうの」

「なんか、SNSで急に『世界セカイを浄化する』とか言い出して、ヤバいって……」

「うわ……マインドワーム・・・・・ってやつ? ガチなんかな」


 教室のあちこちで、そんなひそひそ話が交わされるようになった。

 桐生が言っていた『人格豹変事件』。それはもう、遠い噂話なんかじゃなく、すぐそばまで迫ってきている現実のようだった。


 良くない物同士を関連付けて不安になってしまう。スマホに強制的にインストールされたアプリ、そして、近づいてくる『人格豹変事件』。嫌な予感だけが胸の中に澱んでいく。


 珍しく桐生に誘われて、駅前のファストフード店でだべっていた時のことだ。

 隣のテーブルに座っていた同じ制服の男子生徒グループ。その中の一人が、突然、大声で怒鳴り始めたのだ。


「だから! オレは悪くねぇって言ってんだろ! あいつが、あいつが全部悪いんだ!」

「おい、声デカいって! 落ち着けよ、健吾!」

「うるせぇ! オレの気持ちも知らねぇくせに、偉そうにすんじゃねぇよ!」


 健吾と呼ばれた生徒は、顔を真っ赤にして完全にキレている様子だった。目は血走り、明らかに普通じゃない。周りの客も何事かと遠巻きに見ている。


「あれ……健吾じゃん。あいつ、最近ちょっと変だって、ウチのクラスでも噂になってたんだよな……」


 桐生が心配そうにつぶやく。

 健吾は、なだめようとする友人たちを振り払い、ガタン! と大きな音を立てて椅子を蹴飛ばした。そして、狂ったように叫び始めた。


「消えろ! みんな消えろ! オレを馬鹿にするヤツは、全員……!!」


 その手には、いつの間にかテーブルにあった金属製のフォークが握りしめられている。まさか……!


 止めるために立ち上がろうとした、まさにその瞬間だった。


 ポケットのスマホが、ブーーーーッ! と緊急警報みたいに、異常なほど長く強く振動した。慌てて音を止めようと、画面を見ると、あの忌々しいアイコンが明滅している。


『――警告アラート精神汚染ハッキングレベル、急上昇!――』

『対象:狼谷かみや 健吾。自我ココロの崩壊が始まります――』


 そして、あの声が、また脳内に直接響いてきた。少し楽しんでいるような、そんな響きすら感じさせる声。


 《あーあ、言わんこっちゃない。完全にキレちゃってるね》

 《ねえ、キミ。このままじゃ、彼、|本当《マジ》でヤバいよ? 手伝ってあげよっか?》

 「手伝うって……どうやって!?」

  僕の答えたと同時に、スマホの画面が勝手に切り替わる。


『――緊急介入プログラム、起動――』

『対象の精神ネットワークココロのナカに、強制アクセスします――』


《それじゃ、ちょっとお邪魔しまーす♪》





 ノア(たぶん、あの声の主の名前だ)の軽い口調と共に、僕の視界がぐにゃり、と歪んだ。ファストフード店の喧騒けんそうが急速に遠ざかり、代わりにデジタルノイズのようなものが視界を覆い尽くす。身体からだがどこかに引っ張られるような、あるいは落下していくような、強烈な違和感。

「うわっ……!?」

 声を上げたはずなのに、自分の声すら聞こえない。


そして、気づいた時には、僕は全く別の場所に立っていた。

 薄暗く、じめじめとした空間。壁や床は、壊れたモニター画面のように明滅を繰り返していて、不快なノイズ音が絶えず響いている。空気は重く、よどんでいる。あちこちに、『許さない』『裏切り者』『死ね』といった、おどろおどろしい文字が落書きのように浮かび上がっては消えていた。

 (なんだ、ここ……? さっきの店は……?)

 《だから言ったでしょ? ここは彼の|ココロの中《・・・・・・》だって》

 声は聞こえるのに、姿は見えない。ノアは、いったいどこにいるんだ?

 《うーん、これは……かなり酷い状態だね。悪い|ムシ《・・》に、ココロ、食い荒らされてるみたい》

 ムシ……? それが、桐生の言っていた《|マインドワーム《・・・・・》》ってやつなのか?

 《あ、見つけた。ほら、あそこにいるのが……》

 ノアの声に促され、僕は恐る恐る前方に目を向けた。

 空間の歪みの中から、黒いもやのようなものが滲み出し、ゆっくりと形を成していく。それは、鋭い爪と牙を持ち、無数の赤い眼をギラつかせた、悪意そのものが形になったような……醜悪な「何か」だった。

 「ギ……ヂ……ヂ……」

 それは、明らかに僕を敵と認識し、低い唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。

 (逃げないと……!)

 後ずさろうとするが、恐怖で足がすくんで動けない。

 「グルルルゥゥッ!」

 「何か」が、地を蹴って猛然と襲い掛かってきた!

 (うわあああっ!)

 咄嗟とっさに腕で顔をかばう。もうダメだ、と思った。

 どうすればいいんだ!?

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