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第3話  魂《ソウル》よ、応えよ――顕現体《アパリション》、起動

 迫りくる鉤爪かぎづめ。醜悪な怪物クリーチャー咆哮ほうこうが、耳をつんざくように響く。


 ここで、終わり……なのか?


 走馬灯そうまとうのように脳裏を過去の記憶が駆け巡った。後悔ばかりの、情けない自分の姿。逃げるようにしてやってきた、この杜宮市。ここでなら、何かを変えられるかもしれない、なんて淡い期待を抱いていたのに……。

 結局、僕は何もできずに、こんな訳の分からない場所で、得体の知れない怪物にわれるのか。


 嫌だ。 そんなのは、絶対に、嫌だ――!


《諦めないで!》


 突如、脳内にあの少女の声が響いた。ノア、と名乗った(気がする)機械音声。


《まだ、終わっていません! あなたの中に眠る《|力《ちから》》を呼び覚ますんです!》


 力……? 僕に、そんなものが……


《強く願ってください! 生きたい、と! 変わりたい、と!》


 その声に呼応するように、尻ポケットに入れていたスマートフォンが、ポケット越しに分かるほど激しく発光し振動を始めた。まるで、僕の心の叫びに共鳴するかのように。


 スマートフォンを取り出すと、画面には、あの『魂繋コネクター』アプリが表示されていた。


 『精神接続マインドリンク臨界点クリティカルポイント到達――』

 『接続コネクトを許可しますか? YES / NO』


 もう迷いはなかった。恐怖も、諦めも、心の奥底から湧き上がる生存への渇望の前には、些細ささいなものだった。心の中で、いや、実際に声に出して叫んでいたのかもしれない。


「――接続コネクト!!」


 瞬間、スマートフォンからまばゆいほどの光が溢れ出し全身を包み込んだ。熱い。身体の内側から、未知のエネルギーが奔流のように湧き上がってくる感覚。目の前の怪物の動きが、やけにゆっくりと見える。


《|生体認証《バイオメトリクス》同期……完了》

《|精神接続《マインドリンク》、確立》

《――|顕現体《アパリション》、起動シークエンス開始!》


 ノアの声なのか、あるいはシステム音声なのか。凛とした声が告げる。そして、光が収束するおと、僕の目の前に現れた。


 は、人型ひとがたをしていた。

 全体的に半透明で、まるで実体がないかのようにも見える。だが、その輪郭は確かな存在感を放っていた。

 ボディラインには青白い光の回路が走り、時折デジタルノイズのようなものが明滅している。

 顔にあたる部分には能面のような無機質なプレートがめ込まれており、感情を読み取ることはできない。

 背中には、光でできた翼のようなものがおぼろげに形作られている。どこか未完成で、それでいて、秘めたる力を感じさせる姿。


 これが……顕現体アパリション……?


「グオオオォォッ!?」


 僕の前に現れた新たな存在に驚いたのか怪物が一瞬動きを止める。だが、すぐに敵意をむき出しにして、再び突進してきた。


「どうすれば……!」


 戸惑う僕に、ノアの声が鋭く響く。


 《イメージしてください! 敵を打ち払う、強い意志を! あなたの顕現体は、あなたの|魂《ソウル》の形です!》


 イメージ……意志……。目の前の怪物――高木君の心の闇が生み出した存在――を睨みつけ、強く念じた。


 (消えろ!)


 その瞬間、僕の右手に握られていたスマートフォンが、光を発して形状を変えた。SF映画に出てくるような光線銃ビームガンのような形に。そして、僕の意志に応えるように、目の前の顕現体が右腕を突き出す。そのてのひらに、青白いエネルギーが急速に収束していくのが見えた。

 引き金にあたる部分――スマホの側面ボタン――を、僕は無我夢中で押し込んだ。


 放たれたのは、眩い光の奔流ほんりゅう。それは正確に怪物の胸部を捉え、甲高い断末魔と共に、怪物の身体を内側から霧散むさんさせた。黒いもやのような粒子が、あっけなく空間に溶けて消えていく。


 後に残ったのは、不気味な静寂と初めて自分の力で敵を打ち倒したという、信じられないような感覚だけだった。顕現体は静かに僕の隣にたたずみ、手の中のスマホも元の形に戻っている。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息をつきながら、僕はその場にへたり込んだ。全身から力が抜けていくようだ。


 《……見事です、|接続《コネクト》候補者》


 ノアの声が、どこか感心したように響いた。


 《それがあなたの力、|顕現体《アパリション》です。あなたのソウルそのものが、形になった姿……》


 僕の、力……。これが……。


 《ですが、油断は禁物です》


 ノアの声が、再び緊張を帯びる。


 《今のは、彼の心の表面に現れた|澱《シャドウ》にすぎません。彼の心をむしばむ本当の元凶……《|タナトス・ワーム》は、この《|パーソナル・コア》の、もっと奥深くに潜んでいます》


 奥……?


 ノアの言葉に促されるように、僕は顔を上げた。目の前には、歪んだデジタルパターンで構成された通路が、さらに暗い深部へと続いているのが見えた。


 どうやら、僕の戦いは、まだ始まったばかりらしい。

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