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第5話 ココロを喰らう蟲、反撃の光

 目の前にそびえ立つ、おぞましい姿の《|マインドワーム《・・・・・》》。

 無数のケーブル触手をうごめかせると、その先端から黒いデータノイズのようなものを弾丸のように撃ち出してきた!


「うわっ!?」


 咄嗟とっさにアバターに指示を出し、光の盾のようなものを展開させて防御する。バチバチ! と激しい音を立ててノイズ弾が弾けるが、完全に防ぎきれたわけじゃない。盾を通して、じわりと精神的な不快感が流れ込んでくる。まるで、誰かの悪意を直接浴びせられたみたいだ。


《あれに直接触れるのはマズいかも! |精神汚染《ハッキング》される可能性があるよ!》


 ノアの警告が飛ぶ。マジかよ……。

 マインドワームは攻撃の手を緩めない。触手を鞭のようにしならせて叩きつけてきたり、床から黒い棘を突き出してきたり、その攻撃は多彩かつ執拗しつようだった。

 僕とアバターは、なんとかそれを避け、あるいは防ぎながら、反撃のチャンスをうかがう。


「くそっ、ちょこまかと……!」


 スマホを操作し、アバターに光弾を連射させるが、マインドワームの硬い外殻に阻まれて、あまりダメージを与えられているようには見えない。


《ねえ、悠人! あの赤黒く脈打ってるとこ! たぶん、あそこがコアだよ!》


 ノアが敵の中枢らしき部分を指し示す。なるほど、あそこを狙えばいいのか!

 アバターに指示を出し、コア目掛けて突撃させようとした。だが、その瞬間、マインドワームからおびただしい数の黒い影――健吾君の負の感情が生み出したノイズたちが溢れ出し、アバターを取り囲む!


「しまっ……!」


 数の暴力だ。アバターは次々と攻撃を受け、その半透明の身体がノイズで乱れていくのが分かる。僕自身の精神にも、ズキズキとした痛みが走り始めた。


《もうやめてくれ……》


 不意に健吾君自身の苦しげな声が、どこからともなく聞こえてきた。


《誰も信じられない……どうせ、みんなオレのこと馬鹿にしてるんだ……》


 違う! そんなことない! そう叫びたかったが声にならない。健吾君の絶望が、僕の心までむしばんでいくようだ。アバターの動きも明らかに鈍くなっている。


《悠人、しっかり! 飲まれちゃダメ!》


 ノアの叱咤しったが飛ぶ。そうだ、僕が諦めたら、本当に健吾君は……!


「負けるもんか……!」


 僕は奥歯を食いしばり、スマホを強く握りしめた。僕にできることは? この状況を打開するには……?


 そうだ、あの時の……!


 思い出したのは、初めてアバターを起動させた時の感覚。溢れ出すようなエネルギー。あれを、もう一度……!


 目を閉じて意識を集中させる。健吾君を助けたい。彼の苦しみを取り除きたい。その強い思いを、祈りを、スマホを通じてアバターへと送り込む。


《……! すごいエネルギー……! これなら……!》


 ノアの驚いたような声。僕のスマホが、再びまばゆい光を放ち始めた。アバターの身体も、それに応えるように輝きを増していく。周囲を取り囲んでいた黒い影たちが、その光に焼かれるようにして消滅していく!


「今だ……行けぇぇぇっ!」


 叫びながら、スマホの画面をスワイプするように操作した。アバターは光の翼を大きく広げると一気に加速! マインドワームのふところへと一直線に突っ込んでいく!


 マインドワームも最後の抵抗とばかりに、全ての触手をアバターに向けて叩きつけようとするが、もう遅い。アバターはその攻撃を紙一重ですり抜け、光り輝く右腕――エネルギーを最大限にチャージした拳を、剥き出しになった赤黒いコアへと叩き込んだ!


 ズガァァァァンッ!!


 凄まじい衝撃と閃光。マインドワームの巨体が大きくのけぞり、内部から亀裂が走っていくのが見えた。それは、断末魔の叫び声を上げることもなく、ただ静かに……本当に静かに、光の粒子となって崩壊していった。まるで、健吾君の苦しみから解放された、安堵のため息のように……。


 後に残ったのは、しんとした静寂だけだった。歪んでいた空間のノイズは消え去り、まるで曇りガラスの向こう側みたいに、ぼんやりと明るい光が差し込んでいる。


 浄化された……のか?


 全身の力が抜けててしまい、その場にへたり込んだ。もう指一本動かせそうにない。

 隣を見ると、アバターも力を使い果たしたのか、ゆっくりと光の粒子になって、僕の身体へと吸い込まれるように消えていった。


《……お疲れさま。|本当《マジ》で、よく頑張ったね》


 ノアの声が、心なしかいつもより優しく聞こえた。


《これで、彼を|蝕《むしば》んでいた悪いムシは消えたはずだよ。あとは……彼自身の問題、かな》


 健吾君……。彼は、どうなったんだろうか。そして……意識が急速に薄れていった。まるで、深い眠りに落ちるみたいに……。


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