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第7話 動き出す歯車《ココロ》、最初の調査

 河川敷に吹く風が少しだけ冷たく感じた。夕陽が沈みきって、空には一番星がまたたき始めている。

 あの日以来ずっと考えていた。僕のスマホに宿った、あの不思議な力のこと。アバターを起動して人のココロの中……精神ネットワークにアクセスする力。


 怖い。正直に言って、めちゃくちゃ怖い。もう二度と、あんなおぞましいバケモノとなんて戦いたくない。


 でも……脳裏に焼き付いて離れない。狼谷かみや君の、あの苦しそうな顔が。そして、マインドワームを倒した後に少しだけ穏やかになった彼の表情が……。


 それにノアは言っていた。同じように苦しんでいる人が、他にもこの鷲久市わしくしにいるということを。


 見過ごせるのか? 僕にしかできないことがあるかもしれないのに?


 ……答えは、もう出ているのかもしれない。怖いけど逃げたくない。前の学校での僕みたいに、目をらして後悔するのは、もう嫌だ。


「……ノア」


 ポケットのスマホに向かって、小さく呼びかけた。


《なーに? やっと覚悟、決まった感じ?》


 すぐに脳内に軽い調子の声が響いた。やっぱり僕の声、聞こえてるんだな……。


「ああ。僕にできることがあるなら……やってみたい」


《ふーん? ま、キミならそう言うと思ったけどね》


 ノアは、どこか楽しそうだ。僕の覚悟なんて彼女にとっては暇つぶしのゲームみたいなものなのかもしれない。それでも、今は彼女を頼るしかない。


「他にマインドワームにやられてる人はいるのか? どうすれば見つけられる?」


《おっ、やる気じゃん。いいよ、教えてあげる》


 ノアによると、マインドワームに寄生された人は、精神状態が不安定になって、SNSなどで過激な発言が増えたり、逆に極端に反応がなくなったりするらしい。

 また、特定のサイトへのアクセスが増えたり、ある種のアプリを知らず知らずのうちに使っていたり……そういうデジタルな痕跡こんせきから感染の疑いがある人を割り出せるんだとか。


《ま、ボクがこの街のネットワークをちょちょいと調べれば、怪しいのはすぐリストアップできるけどね。ほいっと》


 スマホの画面にいくつかの匿名アカウントや、オンラインゲームのIDみたいなものがリスト表示された。……これ、どう見ても不正アクセスですよね?


「こ、これ……」


《んーまあ細かいことは気にしない! この中から、特にヤバそうなのを探ってみればいいんじゃない?》


 ノアは悪びれる様子もなく言う。このAI、倫理観とかゼロだな……。


 翌日から、僕のちょっと変わった日常が始まった。

 学校では、できるだけ普通に過ごす。桐生 大輝とは相変わらず他愛たあいない話をしてるけど、時々、彼が動画配信のために集めている街の噂話に、マインドワーム事件に繋がりそうな情報がないか、それとなく聞いてみたた。


「そういや、最近ゲーセンの格ゲーコーナーでさ、やたら態度悪いやつがいるって話だぜ? なんか、対戦相手をあおりまくるとか」

「へえ……」


 そんな情報を頭の片隅にメモしておく。

 隣の席の水瀬 一葉さんとは……まだあまり話せていない。でも、時々目が合うと、彼女が僕のことを見ているような気がする。スマホをいじっている時とか特に……。


 放課後になるとノアから送られてきたリストを元に情報収集を始めた。

 怪しいアカウントのSNSをチェックしたり、噂になっている場所……さっき大輝が言っていたゲームセンターなどを実際に訪れてみたり。もちろん、目立たないように、慎重に。


 数日、そんなことを続けていると、一つの情報が特に気になり始めた。

 それは、とあるオンラインコミュニティでの書き込みだった。『“女王”のプレイは神がかってるけど、最近、なんかおかしい』『前はもっと楽しそうだったのに今は勝つことしか考えてないみたい』『負けた相手への煽りも酷い』……など。


 そのコミュニティは僕が通う学校の生徒も何人か参加しているらしい。そして、“女王”と呼ばれているプレイヤーのハンドルネーム……見覚えがある。


 確か、クラス名簿で……。


「ノア、この“女王”ってやつ……」


《ああ、|氷川 玲奈(ひかわ れいな)さんだね。キミと同じクラスの》


 やっぱり……そうか!


《彼女、このところ例の|兆候《サイン》が強く出てるみたい。マインドワームに寄生されてる可能性、かなり高いと思うよ》


 氷川さん……。

 教室では、いつも一人で静かに本を読んでいるか、スマホをいじっているかなので、ほとんど話したことがない。クールで、ちょっと近寄りがたい雰囲気の人だ。彼女が、マインドワームに……?

 どうする? 彼女にどうやって接触する? そして、どうやって彼女の精神ネットワークにアクセスすれば……?


 課題は山積みだ。でも、やるしかない。


「よし! これが僕の最初の『仕事』だ」


 心の中で叫びをあげた。

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