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第8話 女王の孤城《ゲーム》、歪んだ勝利

 ターゲットは同じクラスの氷川 玲奈ひかわ れいなさん。

 クールでいつも一人。……正直、どうやって話しかければいいのか全く見当もつかない。いきなり「キミ、マインドワームに寄生されてない?」なんて聞けるわけないし……。僕のコミュ力じゃ、まず門前払いだろうな。


 とりあえず、学校で彼女の様子を観察してみることにした。

 授業中は真面目にノートを取っているけど、休み時間になるとすぐにスマホを取り出して、難しい顔で画面をにらんでいる。たぶん、ゲームだろう。話しかけられる隙なんてまるで見当たらない。うーん、困った。


「氷川さんに興味でもあるのか? 彼女なら、放課後、駅前のゲーセンによくいるぜ? あそこの格ゲー、マジで鬼みてーに強いんだよ。“女王”って呼ばれてるくらいだし」

「女王……」


 ネットの書き込みにあった通りだ。情報、サンキュ、桐生。君のそういうとこ本当に助かるよ。


 放課後。僕は少し緊張しながら、駅前のゲームセンターに足を踏み入れた。薄暗い店内に、電子音と歓声がけたたましく響いている。様々なゲーム筐体きょうたいが色とりどりの光を放っていて、なんだか別世界に来たみたいだ。

 格闘ゲームのコーナーを探すと、一際ひときわ人だかりができている一角があった。その中心に、彼女はいた。

 氷川 玲奈さん。

 画面の中では、彼女の操るキャラクターが、対戦相手を圧倒的な強さで追い詰めている。指の動きはしなやかで、無駄がない。まさしく“女王”の風格だ。観客からも「おおー!」とか「すげぇ!」とかいう声が上がっている。

 でも……彼女の表情は、驚くほどけわしかった。眉間みけんには深いしわが刻まれ、唇をきつく結んでいる。ゲームを楽しんでいるようには、到底見えない。まるで、何かに追い立てられているみたいに……。

 そして、対戦相手の体力ゲージがゼロになった瞬間。

「……雑魚ザコが」

 彼女は、吐き捨てるように呟いた。勝ったのに、喜びも達成感もなさそうだ。ただ、ひたすらに冷たい勝利。周りの観客も、その異様な雰囲気に少し引いているのが分かった。

 (これが……マインドワームの影響、なのか……?)

 勝利への異常なまでの執着。他者への攻撃性。噂は本当だった。


僕は意を決して、彼女に近づこうとした。何か、話しかけるきっかけは……。そう思った時だった。

 次の対戦が始まった直後、玲奈さんの様子がさらにおかしくなった。相手の些細ささいなミスを、信じられないような言葉でののしり始めたのだ。

「今の避けられないとか、目、腐ってんの!?」

「才能ないんだから、金と時間の無駄。とっとと辞めれば?」

 あまりの暴言に、対戦相手も、周りのギャラリーも凍り付いている。そして、玲奈さんは感情のタガが外れたように、バン! バン! と力任せにゲーム筐体を叩き始めた。

「なんで……なんで、思い通りに動かないッ……!!」

 完全に、自分を見失っている。まずい……!


その時、ポケットのスマホが激しく震えた。画面には『魂繋コネクター』アプリの警告表示。


『――警告アラート! 対象:氷川 玲奈 の精神汚染レベル、危険域!――』


《あちゃー、本格的に暴走し始めちゃったね。これは、早くしないとマズいかも》

 ノアの、いつもより少しだけ焦ったような声が響く。

 もう迷っている時間はない。僕がやるしかないんだ。狼谷君の時とは違う。今度は、僕自身の意志で……!

「行くぞ、ノア!」

 僕は心の中で叫んだ。

 《了解! それじゃ、女王様の|ココロの中《・・・・・・》へ、ダイブ!》


ノアの合図と共に、僕はスマホを強く握りしめ、「魂繋コネクター」アプリを起動させた。今回は、狼谷君の時のような強制的な介入じゃない。僕自身の意志で、玲奈さんの精神ネットワークへの扉を開く。

 画面に表示された『接続アクセス開始』の文字。

 瞬間、ゲームセンターの喧騒けんそうが急速に遠のき、視界が再びノイズに包まれていく。身体からだがぐにゃりと歪むような、あの奇妙な感覚。

 次に目を開けた時、僕はどんな世界にいるのだろうか。クールな彼女の心の中とは、いったい……。

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