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第9話 女王の憂鬱《ブルース》、ピクセルの迷宮

 意識が異空間へと切り替わる、あの独特の感覚。

 次に目を開けた時、僕が立っていたのは狼谷君の時とは全く違う風景の中だった。

 そこは、まるで一昔前のゲームセンターのような空間。ただ、全てがどこかいびつで冷たい。

 床や壁は光沢のある黒いブロックで構成され、等間隔にネオンのような光のラインが走っている。空気はひんやりと涼しく、奇妙な電子音がBGMのように低く流れていた。

 あちこちにあるゲーム筐体らしきオブジェは、どれも画面が真っ暗か、意味不明なエラーコードを表示しているだけだった。


《へえ、ここはまた独特なココロのカタチだね。ゲーマーの彼女らしい、というか……でも、なんか、寂しい感じ》


 ノアの声が、感心したように、でもどこか物悲しそうに響く。これが、氷川 玲奈さんの心の中……。クールな彼女のイメージとは少し違う、孤独な要塞みたいだ。


「ノア、マインドワームはどこに?」

《うーん、この空間の中心……一番強い歪みを感じる場所かな。でも、簡単には行かせてくれなさそうだよ?》


 ノアの言う通り真っすぐ進もうとすると、目の前にピクセルのブロックでできた壁がせり上がってきて行く手を阻んだ。よく見ると、壁の一部がチカチカと点滅している。


《パズル、かな? あの点滅してるブロック、正しい順番で押せば道が開くかも?》

「なるほど……」


 アバターを操作し、ノアの指示に従ってブロックを順番に押していく。それが正解だったらしく壁は音もなく消滅した。どうやらこの精神領域は、ただ敵を倒すだけじゃなく、こういうゲーム的な仕掛けも多いらしい。


 僕たちは、そんな風にパズルを解いたり、迷路のような通路を進んだりしながら奥へと進んでいった。

 もちろん、敵も出現した。狼谷君の時のようなドロドロとした「心の影」ではなく、ここではカクカクとしたポリゴンでできた、昔のゲームに出てきそうな敵キャラクター……ただし、その動きは異様に素早く、攻撃も正確無比だった。


「くっ、強い……!」


 アバターを駆使して応戦する。光弾を放ち、光の剣で斬り結ぶ。少しずつ操作には慣れてきたけど、敵の動きは玲奈さん自身のゲーマーとしての技術を反映しているのか一筋縄ではいかない。スマホを握る手に汗がにじむ。


 探索を進める中で、僕はこの空間に漂う玲奈さんの心の断片に触れるた。


 壁に映し出される過去の記憶らしき映像。幼い頃、一人でゲームに没頭する姿。初めて大会で優勝した時の一瞬だけ見せた笑顔。しかし、その後、勝つことが当たり前とされ、周囲からの期待とプレッシャーに押しつぶされそうになっている様子も……。


《負けたくない……負けたら、私には何も残らない……》

《一番じゃなきゃ、意味がないんだ……》

《なんで、誰も私のこと、分かってくれないの……?》


 空間に響く悲痛な心の声。クールな仮面の下で、彼女はこんなにもがき苦しんでいたのか……。

 強いっていうのは、なんて孤独なんだろう。僕なんかとは全然違うけど、その気持ちは、少しだけ分かる気がした。


 やがて、ひときわ広い空間にたどり着いた。格闘ゲームのラストステージみたいな、円形の闘技場のような場所だ。

 中央には、禍々まがまがしい光を放つ巨大なゲーム筐体のようなものが鎮座ちんざしている。あれが、この領域の中心……マインドワームの巣窟そうくつか?


《ビンゴ。歪みの中心は、あそこだね》


 ノアの声が告げる。覚悟を決めて中央の筐体へと近づこうとした、その時だった。

 筐体の手前に、まるで守護者のように、一体のアバターらしき人影がすっと現れたのだ。

 その姿は、僕のアバターによく似ていたが、もっと鋭角的で、攻撃的なデザインをしている。

 全身を漆黒の鎧のようなもので覆い、両手には鋭利な刃を備えている。そして、その顔を覆う仮面の下から覗く瞳は……氷川 玲奈さん自身の、あの強い光を宿した瞳によく似ていた。


《これは……マインドワームだけじゃないね。彼女自身の歪んだプライドや勝利への渇望……それが形になった、もう一人の《アバター》、かな?》


 ノアの声に緊張が走る。

 黒いアバターは何も言わずに、ただ静かにこちらへ向き直り、両手の刃を構えた。その全身から放たれるプレッシャーは、これまでのどの敵よりも強大だ。


 マインドワームにたどり着くには、まず、彼女自身の心の影が作り出した、この最強の守護者を倒さなければならないらしい。ゴクリと息を呑み、隣のアバターと共に、ゆっくりと戦闘態勢をとった。



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