目の前に立ちはだかる、もう一体のアバター。それは氷川 玲奈さんの歪んだプライドと、勝利への渇望が生み出した、黒い
風を切るような鋭い音と共に、黒いアバターが動いた。いや、動いたように見えた、と言うべきか。あまりにも速い。
「うわっ!?」
僕は咄嗟にアバターを後退させ、光の盾で攻撃を受け止める。
キン! と甲高い金属音が響き、衝撃で腕が痺れた。なんて速さ、そして重さだ……!
黒いアバターは、一撃で仕留めきれなかったことが不満なのか、さらに猛烈な連続攻撃を仕掛けてくる。まるで、格闘ゲームの超反応CPUみたいだ。玲奈さんのゲーマースキルが、そのまま反映されているんだろうか。僕のアバターは防戦一方で、なかなか反撃の糸口を掴めない。
《ちょっ、速すぎ! 反応できないって!》
ノアが悲鳴に近い声を上げる。ナビゲーターの彼女ですら、動きを捉えきれないらしい。
《でも……よく見て! 攻撃の直後に、ほんの一瞬だけ、動きが止まる瞬間がある! そこを狙うしか……!》
ノアのアドバイスを頼りに、僕は神経を集中させる。確かに、猛攻の合間に、コンマ数秒ほどの硬直がある気がする。そこだ!
「今!」
黒いアバターが大きく振りかぶった瞬間、僕はアバターにカウンターを指示。光の剣で相手の刃を受け流し、がら空きになった胴体へ鋭い突きを放つ!
手応えがあった。黒いアバターが僅かにたたらを踏む。よし!
だが、反撃も束の間、黒いアバターは体勢を立て直し、さらに激しい攻撃を繰り出してきた。まるで、僕の反撃が彼女の闘争心に火をつけたみたいだ。
《負けられない……負けたら、私は……!》
まただ。戦闘の最中、玲奈さん自身の苦しげな心の声が、僕の頭の中に響いてくる。
《どうして……どうしてみんな、私を一人にするの……!?》
黒いアバターの猛攻は、まるで彼女自身の悲鳴のようだ。強さへの渇望、勝利への執着……それは、彼女が孤独から逃れるための、唯一の手段だったのかもしれない。そう思うと、ただの敵として斬り捨てることなんて、僕にはできなかった。
こんな戦い、彼女だって望んでないはずだ……!
何か、他に方法はないのか? 力で抑えつけるんじゃなくて……。
防御に徹しながら、必死に呼びかけた。この声が、彼女の心に届くかは分からない。でも、やるしかない。
「氷川さん! 聞いてくれ!」
黒いアバターの動きが、ほんの少しだけ鈍った気がした。
「勝つことだけが、全てじゃないはずだ! 強いとか、弱いとか……そんなのだけが、君の価値じゃない!」
黒いアバターは、動きを止め、戸惑うようにこちらを見ている。届いている……?
「君は、一人じゃない! ……僕が、ここにいる!」
我ながら、クサいセリフだとは思う。でも、本心だった。彼女の孤独が、痛いほど伝わってきたから。
僕の言葉に呼応するように、僕のアバターが淡い光を放ち始める。それは、攻撃的な光じゃない。どこか温かく、包み込むような光。
「……うるさい」
黒いアバターが、初めて声を発した。それは、玲奈さんの声だった。でも、ひどくか細く、震えている。
「そんな……慰めなんて、いらない……! 私は……強くないと……!」
黒いアバターは、迷いを振り払うように、再び両手の刃を構え、こちらへ突進してきた。だが、その動きには、先ほどまでの精密さが欠けている。明らかに、動揺している証拠だ。
今なら……!
僕は、アバターに攻撃ではなく、防御の指示を出した。両手を広げ、黒いアバターの突進を、光のバリアで受け止める。
「ぐっ……!」
激しい衝撃。でも、耐えられる!
「もう、いいんだ! 強くなくても、一人で戦わなくてもいいんだ!」
僕は叫びながら、バリアの光をさらに強めた。それは、攻撃的なエネルギーじゃない。ただ、受け止めるための、優しい光。
黒いアバターは、その光の中で動きを止め、苦しげに身体を震わせ始めた。仮面の奥の瞳から、涙のような光の粒がこぼれ落ちるのが見えた。
そして……。
黒いアバターの身体は、ゆっくりと輪郭を失い、眩い光の粒子となって、静かに霧散していった。
後に残ったのは、小さな光の
「はぁ……はぁ……」
戦いが終わり、僕はその場に膝をついた。アバターも、役目を終えたように、すっと姿を消す。
《……やったね、悠人》
ノアの声が聞こえる。
《力だけじゃなく、キミの言葉が、彼女のココロに届いたんだ》
そうだと、いいんだけど……。
顔を上げると、目の前には、先ほど玲奈さんの心の欠片が吸い込まれていった、巨大なゲーム筐体が不気味な光を放っている。あれが、マインドワームの本体が潜む場所……。
玲奈さんを、
残った力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。