次に目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。
窓の外からは、柔らかな朝の日差しが差し込んでいる。どうやら、あれから一晩、泥のように眠りこんでいたらしい。身体の節々
精神ネットワークとやらにアクセスするのは、想像以上にエネルギーを消耗するみたいだ。
《おはよー、悠人。よく眠れた?》
頭の中に、ノアの
「……まあまあ、かな。それより、氷川さんは……?」
《んふふ、気になる?》
ノアは楽しそうに笑う。
《大丈夫、ちゃんと|現実《こっち》に戻ってるよ。あとは……まあ、キミが直接確かめてみれば?》
そう言って、ノアはすっと気配を消した。……相変わらず、マイペースなやつだ。
少し重たい身体を引きずって鷲久北高校へと向かった。
教室に入ると、自分の席に着く前に、ちらりと氷川 玲奈さんの席を確認する。
……いた。いつものように、窓の外を眺めている。見た感じは、普段と変わらないように見えるけど……。
休み時間、それとなく彼女の様子を観察してみた。以前のような、ピリピリとした近寄りがたいオーラは少し和らいでいるような気がする。
表情も心なしか柔らかい……いや、単にぼーっとしているだけかもしれないけど。少なくとも、以前のようにスマホの画面を鬼のような形相で
「そういや、玲奈さー」
昼休み、学食で桐生 大輝が唐揚げを頬張りながら言った。
「最近、ゲーセンでの態度、なんか丸くなったって評判だぜ? 前みたいに対戦相手煽ったりしなくなったって」
「へえ……そうなんだ」
やっぱり何か変化があったんだ。僕のやったことが無駄じゃなかった……そう思うと、少しだけ胸が熱くなった。
放課後。意を決して行動することにした。氷川さんに話しかけてみよう、と。でも、教室でいきなり話しかける勇気はない。帰り道……一人になったところを狙うしかないか。
幸運にも、帰り道で一人、ゆっくりと歩いている彼女の姿を見つけた。僕は早足で追いつき、深呼吸を一つしてから、声をかけた。
「あ、あの……氷川さん」
彼女は、びくりと肩を震わせて振り返った。その瞳が、驚きと……ほんの少しの警戒心で僕を見ている。
「……
声が、思ったより普通で少し拍子抜けした。もっと冷たく突き放されるかと思っていたから。
「いや、その……大した用じゃないんだけど……」
どう切り出せばいい? まさか、「キミの心の中に入って、悪いムシ退治しといたよ!」なんて言えるわけがない。
「……この前の、ゲームセンター」
言葉を選びながら続けた。
「たまたま、見かけたんだ。すごく……苦しそうに見えたから。大丈夫かなって、ちょっと気になって……」
彼女の表情が、サッと曇った。やっぱり、あの時の記憶、完全には消えてないのかもしれない。
「……別に。あなたに関係ない」
ぷい、と顔を背ける玲奈さん。ああ、やっぱりダメか……。そう思った時だった。
「……ただ、ちょっと……ムキになってた、だけだから」
蚊の鳴くような、小さな声。でも、それは確かに、彼女の本音の一部のような気がした。
「そっか……。でも、あんまり無理しないでほしいな。ゲームって、本当は楽しいもののはずだろ?」
そう言うと、彼女は驚いたように僕の顔を見た。そして、ふっと、ほんの一瞬だけ、その表情が和らいだ……ように見えた。
「……余計なお世話」
彼女はそう呟くと、早足で僕の前から去っていってしまった。
……まあ、こんなものか。でも、完全な拒絶じゃなかった。少しだけ、彼女の心の壁に触れることができたのかもしれない。
「……もし、何かあったら。話くらいなら、聞くよ」
もう聞こえていないかもしれないけど、彼女の背中に向かって呟いた。これが、僕と彼女の……何か新しい関係の、始まりになればいいな、なんて。
一人、帰り道を歩きながら達成感と、それ以上の疲労感を感じていた。
氷川さんの変化は嬉しい。でも、ノアの言う通り、苦しんでいる人は他にもいるんだ。
僕一人じゃ限界がある。アバターの力を使うのだって、こんなに疲れるんだ。それに、情報収集だって……。
やっぱり……仲間が、必要、だよな……
やるべきことは、まだまだ山積みみたいだ。僕は空を見上げ、ひとつ大きく息をついた。