氷川 玲奈さんの一件から数日。彼女はまだ、戸惑うような表情を見せることはあるけれど、以前のような
少しずつだけど、クラスにも馴染み始めている……ように見える。休み時間に、他の女子と少しだけ話している姿も見かけるようになった。
声をかけると、まだちょっとぎこちないけど、無視したりはしない。「……別に」「……関係ない」が口癖なのは相変わらずだけど。それでも、確かな変化だ。僕のやったことは、無駄じゃなかったんだ。
その手応えは、小さな自信と同時に大きな課題を与えてくれた。
(やっぱり、一人じゃ限界がある……)
アバターの力を使うのは、精神的にも体力的にもキツい。それに、マインドワームに寄生された人を特定するための情報収集だって、一人じゃ効率が悪すぎる。信頼できる仲間がいれば……。
「ノア、仲間って……見つけられるものなのか? 僕みたいに、アバターを使える人って、他にいるの?」
放課後の帰り道、僕はスマホに話しかけるみたいに、ノアに問いかけた。
《うーん、どうだろ? いるかもしれないし、いないかもしれない。ボクにもそこまでは分かんないかなー》
……こいつ、本当にナビゲーターか?
《でもさ、キミみたいに特別な《|魂《ソウル》》の持ち主……アバターを起動できる素質を持ってる子なら、いるかもね?》
「素質……」
《そう。強いショックを受けたり、心の底から何かを強く願ったり……そういう時に、眠ってる力が目覚めることがあるんだ。キミみたいにね》
なるほど……。じゃあ、僕がやるべきことは、そういう「素質」を持っていそうな人を探して、いざという時に備える……ってことか?
それから、僕は意識的に周りの人間関係に目を向けるようになった。特に、桐生 大輝と、水瀬 一葉さん。彼らは、僕にとってこの
大輝は、相変わらずだった。
休み時間は僕の席にやってきては、昨日のテレビの話やネットで見つけた面白い動画の話をマシンガンのように喋り続ける。正直、ちょっとうるさい時もあるけど……不思議と嫌じゃない。
むしろ、彼の底抜けの明るさが、少しだけ僕の気持ちを軽くしてくれる気がした。
最近、彼の動画配信の手伝いを時々するようになった。カメラを回したり、彼が集めてきた街の噂についてコメントしたり。そうするうちに、彼の意外な一面も見えてきた。
ただ面白いことだけを追ってるんじゃなくて、この街で起きているおかしな事件……マインドワームの噂についても、彼なりに真剣に心配していて、「何か自分にできることはないか」って考えているみたいだった。
その真っ直ぐな正義感は、ちょっと眩しいくらいだ。彼なら、もし力を得たら、きっと正しいことに使ってくれるだろう。
「なあ、悠人。最近、ウチの高校の運動部で、なんか変な噂ないか? 特に、レギュラー争いが激しいとことかさ」
ある日の放課後、動画のネタ探しをしている時に、大輝がそんなことを聞いてきた。彼の情報網は、僕よりもずっと広い。
一方、水瀬さんとの距離は、まだなかなか縮まらない。彼女はいつも静かで、どこか壁を作っているような雰囲気がある。それでも、僕は諦めずに、時々話しかけるようにしていた。
神社の近くを通った時に、「この前の……」と切り出してみたり、彼女が読んでいた本のタイトルについて聞いてみたり……。
最初は戸惑っていた彼女も、僕がしつこく(?)話しかけるうちに、少しだけ警戒を解いてくれた……気がする。
「……この街には、昔からよくないものが寄りつくって、
ある時、彼女がぽつりとそんなことを呟いた。
「よくないもの?」
「人の心の隙間に……取り憑いて、悪さをする……そんな存在」
まるでマインドワームのことを指しているかのようだった。
彼女の家系……神社の巫女として、何か特別な力や知識を受け継いでいるのかもしれない。
そんな風に、仲間候補たちとの関係を少しずつ育みながら、ノアと共に次のターゲットを探していた。
SNSの監視、街の噂、セキュリティログの解析(もちろん、ノアが勝手にやってるやつだ)。そして、いくつかの気になる兆候が見つかり始めた。
一つは、大輝が気にしていた運動部での不和。特定の部で、部員同士のいさかいが急増しているらしい。レギュラー争いが原因とも言われているけど、どうもそれだけじゃないような、異様な雰囲気があるという。
もう一つは、水瀬さんが気にしていた「よくないもの」の話と繋がるかもしれない、古い廃工場にまつわる奇妙な噂。
最近、夜な夜なそこに若者が集まって、何か不気味な儀式のようなことをしているという目撃情報が……。
集めた情報をスマホのメモにまとめながら次の行動を考えていた。まずは、もっと詳しく調べる必要がある。そして、もしもの時は……。
やっぱり仲間が必要だ。でも、仲間になってくれるということは、この危険な戦いに巻き込んでしまうということでもある。
僕の迷いは、まだ晴れそうになかった。