数ある不穏な噂の中から、特に気になっていたのは、桐生 大輝が気にしていた運動部……サッカー部での不和だった。
なんでも、エースストライカーの先輩が、最近急に横暴になり、チームメイトに辛く当たることが増えたらしい。
特に、大輝の親友でもあるキーパーの後輩が、その先輩から集中していびられているとか……。SNSを調べてみても、確かにサッカー部のアカウント周辺は不穏な空気に満ちている。これは、マインドワームの可能性が高い。
大輝の友達……か。あいつ、すごく心配してたな……
大輝を巻き込みたくない気持ちは山々だ。でも、彼に黙って事を進めるのも、なんだか違う気がする。それに、もし本当にマインドワームなら、早くなんとかしないと……。
放課後、一人でサッカー部の練習場所であるグラウンドへ向かった。まずは、自分の目で状況を確かめようと思ったのだ。
グラウンドの隅、フェンス越しに練習風景をうかがう。
とても活気があるとは言い難い雰囲気だった。選手たちの動きはどこかぎこちなく、怒声ばかりが響いている。
そして、その中心にいるのは、一際体格のいい、いかにもエースといった感じの三年生……彼が噂の先輩だろうか。彼は、一つのミスを捉えては、キーパーの生徒――小柄な一年生だ――を執拗に罵倒していた。
「おい! 今の止められただろ、ヘタクソが! やる気あんのか!?」
「す、すみませんっ……!」
後輩は完全に萎縮してしまっている。見ていて胸が苦しくなる光景だ。
やっぱり、普通じゃない……そう思った時だった。
「いい加減にしろよ、
声のした方を見ると、なんと、大輝がグラウンドに飛び込んできて、後輩を庇うように先輩の前に立ちはだかっていた。いつの間に来てたんだ!?
「あ? 誰だテメェ……ああ、桐生か。部外者はすっこんでろ」
佐伯と呼ばれた先輩は、
「関係なくねぇだろ! そいつは俺のダチだ! そんないびり方、おかしいって言ってんだよ!」
大輝は一歩も引かない。彼の真っ直ぐな正義感が、そうさせているんだろう。でも……相手は普通じゃないんだ!
「……うるせぇなぁ」
佐伯先輩は、ボキボキと指の関節を鳴らした。マズい……!
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、一年坊主がぁっ!!」
彼は、まるでボールでも蹴るかのように、大輝に向かって殴りかかった!
「大輝!」
僕は思わず叫び、フェンスを乗り越えようとした。でも、間に合わない――!
その瞬間だった。大輝の身体が、カッと眩い光に包まれたのだ。
「なっ……!?」
佐伯先輩の拳は、光の壁のようなものに阻まれて、大輝には届かなかった。
《おっと、これは……!》
ノアの驚いたような声が響く。
大輝のポケットに入っていたスマートフォンが……震えている。あの震え方は……僕の時と同じ……!
《マジか! この子も、素質持ちだったんだ!》
「うおおおおぉぉぉっ!!」
大輝は、全身から溢れ出す力に戸惑いながらも、目の前の理不尽に対する怒りを爆発させた。
《力が欲しいか!? 理不尽を、悪を打ち砕く力が!》
どこからか響く声……いや、これは大輝自身の心の叫びかもしれない。
「当たり前だろぉぉぉっ!!!」
大輝が叫んだ瞬間、彼のスマホが激しく発光! 僕が経験したのと同じように、視界が歪み、意識が別の次元へと引きずり込まれる感覚!
気づくと、僕と大輝は、異様な空間に立っていた。
さっきまでのグラウンドではない。赤黒い空の下、歪んだゴールポストや、無数の割れたサッカーボールが散乱する荒廃したフィールドのような場所。
佐伯先輩の「心の
「な……なんだよ、ここ……!?」
大輝は、突然の変化に戸惑いながらも、すぐに状況を理解しようとしている。その適応力は、さすがと言うべきか。
そして、僕らの目の前に、佐伯先輩の歪んだ精神が生み出した「心の影」……いや、これはもっと強力だ。嫉妬や劣等感が具現化したような、巨大で醜悪なバケモノが姿を現した。
「グルオオオォォッ!」
バケモノが、僕らに向かって突進してくる!
「悠人、危ねぇ!」
大輝が僕を庇うように前に出た。彼の身体が、再び光を放つ!
《|魂《ソウル》の
光の中から現れたのは、燃えるような赤いカラーリングの、ヒーロースーツのようなアバターだった。両腕にはゴツいガントレットが装着され、背中には翼のようなブースターが付いている。見るからにパワフルで、熱血漢の大輝らしいデザインだ。
「うおおっ! なんだこれ!? なんか、すげぇ力がみなぎってくるぜ……!」
大輝は、戸惑いながらも、自分の新しい力を確かめるように拳を握りしめる。
「大輝! そいつが、お前の……アバターだ!」
「アバター……? よく分かんねぇけど、こいつがいれば、あのバケモノも……!」
大輝はニヤリと笑うと、アバターに指示を出す。いや、指示というか、もう本能で動いている感じだ。
「いっけぇぇぇ! バーニング・ナックル!!」
大輝のアバターが、炎をまとった拳をバケモノに叩き込んだ! 凄まじい威力だ。僕のアバターとは、また違うタイプの力……!
「僕も行くぞ、大輝!」
「おう、悠人! ダブルでぶっ飛ばすぜ!!」
僕と大輝のアバターが、並んでバケモノへと立ち向かっていく。僕らの反撃が、今、始まる――!