僕の隣には、燃えるような赤いアバターをまとった桐生 大輝がいる。
一人じゃない。その事実が、僕の心に今まで感じたことのないような勇気をくれた。
「いくぜ、悠人!」
「ああ!」
僕たちは頷き合い、目の前の巨大な「心の影」――佐伯先輩の歪んだ嫉妬や劣等感が形になったバケモノ――へと同時に駆け出した!
先陣を切ったのは大輝のアバターだ。背中のブースターを吹かせて一気に距離を詰め、炎をまとった拳を叩き込む!
「オラオラオラァッ!」
重い打撃音が響き、バケモノが怯んだ。だが、すぐに体勢を立て直し、鋭い爪で反撃してくる。
「危ねぇ!」
すかさずアバターを操作し、光の盾で大輝をカバーする。同時に、手にした光線銃(スマホが変形したものだ)で牽制射撃を行った。
「サンキュ、悠人!」
「気をつけろ、動きが速い!」
僕のアバターはどちらかというと遠距離や補助タイプで、大輝のアバターは接近戦のパワータイプ。
最初は少しぎこちなかったけど、お互いの動きを見ながら自然と役割分担ができていく。
僕が敵の注意を引きつけたり、動きを鈍らせたりしている隙に、大輝が強力な一撃を叩き込む。そんな連携が、何度か繰り返されるうちに、驚くほどスムーズになっていった。
《お、なかなか良いコンビじゃん! 息、合ってきたね!》
ノアが、どこか楽しそうに茶々を入れてくる。うるさい、集中してるんだ。
激しい攻防の最中、この歪んだ空間に、佐伯先輩自身の心の声が響いてきた。
《なんで俺が……あんな下手な一年キーパーのために、レギュラー外されなきゃなんねぇんだ……》
《監督も、チームメイトも、誰も俺の努力なんて見ちゃいねぇ……》
《エースでいなきゃ……勝たなきゃ、俺には価値がないんだ……!》
悲痛な叫び。彼の横暴な態度の裏には、こんなにも脆いプライドと、誰にも打ち明けられない孤独があったのか……。
「……先輩」
大輝の声が、少しだけ震えた。彼もまた、佐伯先輩の苦悩を感じ取っているのだろう。自分の親友をいびっていた相手。だけど、その苦しみを知ってしまった今、ただ憎むだけではいられない……そんな複雑な感情が、彼の横顔から見て取れた。
「……でも、だからって、他のヤツに当たっていい理由にはなんねぇだろ!」
大輝は迷いを振り払うように叫ぶと、アバターの拳にさらに強く炎を宿らせた。
「悠人、アレやるぞ!」
「アレって……!?」
僕が戸惑っていると、大輝はニヤリと笑った。
「いっけー! 俺の必殺技! ……的なやつ!」
大輝のアバターが、ブースターを全開にして突撃! バケモノの注意を一身に引き付ける。その隙に、僕は全神経を集中させた。
彼の苦しみを、歪みを、断ち切る……!
僕のアバターが両手を掲げると、そこに凝縮された光のエネルギーが球体となって形成されていく。
「今だ、悠人!」
大輝が叫ぶ。僕はその声に応え、エネルギー球を解き放った! 光はバケモノの動きを完全に封じ込め、金縛りにあったように硬直させる。
「うおおおっ! とどめだぁぁっ!!」
大輝のアバターが、渾身の力を込めた炎の拳を、光に縛られたバケモノのコアへと叩き込んだ!
ズドォォォンッ!!
凄まじい爆発音と共に巨大な「心の影」は木っ端微塵に砕け散った。後に残ったのは、浄化されたような、穏やかな光の粒子だけ。
「やった……のか?」
「やったぜ、悠人!」
僕たちは、アバターを解除すると、互いに顔を見合わせて笑った。初めての共闘での勝利。一人で戦っていた時とは違う、確かな達成感と、仲間がいることの心強さが胸に込み上げてくる。
だが、安堵したのも束の間だった。
「心の影」が消え去った場所……荒廃したフィールドの奥に、さらに禍々しいオーラを放つ歪みの中心が現れたのだ。
そこには、赤黒いケーブルと壊れたゴールネットが絡み合い、無数のボールが不気味に脈打つ異形の塊……佐伯先輩の心に巣食う、マインドワーム本体がいた。
その中心で、憎しみと絶望に満ちた赤い光が、ぎろりと僕たちを睨みつけている。
《さあ、本番はこれからだよ》
ノアの声が、僕たちの気を引き締める。
「……ああ。分かってる」
「へっ、上等じゃねぇか! こっちは二人なんだぜ!」
大輝は不敵に笑い、再びアバターを起動させる。僕も頷き、疲労が残る身体に鞭打ってアバターを呼び出した。
本当の戦いは、ここからだ。僕と大輝は視線を交わし、同時にマインドワームへと駆け出した。