意識が急速に現実へと引き戻される。最後に感じたのは、大輝と拳を合わせた時の、確かな感触だった。
はっと目を開けると、僕がいたのはさっきまでいたグラウンドの……隅、フェンスの近くだった。
隣を見ると、大輝もほぼ同時に意識を取り戻したようで、ぜえぜえと荒い息をつきながら、
「……今の、マジだったんだな……」
大輝が、信じられないというように呟いた。
「ああ……みたいだな」
頷きながら自分のスマホを取り出す。画面には、やっぱりあの名前のないアプリのアイコンがしっかりと表示されていた。
大輝も自分のスマホを確認し、「うわ、ホントにある……」と声を漏らす。あれは夢なんかじゃなかったんだ。僕らは本当に人の心の中に入って、バケモノと戦って、そして……勝ったんだ。
《お疲れー! いやー、なかなか熱い戦いだったね! キミたち、結構いいコンビじゃん!》
突然、頭の中にノアの能天気な声が響いた。
「うおっ!? な、なんだ今の声!?」
大輝が飛び上がらんばかりに驚いている。そりゃそうだよな。
「あー……そいつが、ノア。僕らをナビゲートしてくれる、AI……みたいなやつ」
《どーもー、ノアだよっ! 大輝君、だっけ? キミのアバター、カッコよかったよ! ま、悠人のアバターもなかなかだけどね!》
「はあ!? AI!? なんで俺の名前……っていうか、頭の中に直接……!?」
大輝は完全にキャパオーバーといった感じで混乱している。まあ、無理もないか。僕だって、最初はそうだった。
「……う……」
その時、少し離れた場所に倒れていた佐伯先輩が、うめき声を上げてゆっくりと身を起こした。僕と大輝は、緊張して身構える。まさか、まだ……?
しかし、佐伯先輩の様子は明らかに以前とは違っていた。濁っていた瞳には理性の光が戻っており、自分のしでかしたことを思い出したのか、顔面蒼白になっている。
彼は、おずおずと、近くにいた後輩……大輝の親友であるキーパーの生徒に近づき、深々と頭を下げた。
「……悪かった。俺……どうかしてた……。本当に、すまない……!」
その声は震えていたけれど、心からの謝罪であることは伝わってきた。後輩は驚きながらも、こくりと頷く。他の部員たちも、戸惑いながら二人を見守っていた。
良かった……。元に戻ったんだ……。
大輝も、その光景を複雑そうな、だけどどこかホッとしたような表情で見つめていた。
その日の放課後。僕と大輝は河川敷の土手に並んで座っていた。夕陽が川面をオレンジ色に染めている。
「……マジで、現実だったんだな……アバターとか、精神ネットワークとか……」
大輝は、まだ信じられないというように呟いた。僕は、自分が知っている限りのことを彼に話した。マインドワームのこと、ノアのこと、そして、氷川さんのことも……。
「そっか……氷川も……。それに、狼谷も……」
大輝は黙って話を聞いていたが、やがて、ぐっと拳を握りしめた。
「……決めたぜ、悠人」
「え?」
「俺もやる! この力で、困ってるヤツらを助ける! マインドワームだか何だか知らねぇけど、そんな奴らに、俺たちの街を、友達を、好き勝手させてたまるかよ!」
その瞳には、迷いのない強い決意の光が宿っていた。やっぱり、彼はヒーローみたいなやつだ。
「……ありがとう、大輝」
「おう! ……だからさ、これからは、俺のこと、相棒って呼んでくれよ!」
大輝は、ニカッと笑って僕の肩を強く叩いた。相棒、か。なんだか、照れくさいけど……悪くない響きだ。
「……ああ。よろしくな、相棒」
僕らは、夕陽の中で、固く拳を合わせた。今日、ここに、僕らだけの秘密のチームが生まれた瞬間だった。
「で、相棒。これからどうする? とりあえず、チーム名とか決めちゃう?」
「え、チーム名……?」
気が早いな……。でも、そういうのを決めるのも、ちょっと楽しいかもしれない。
「うーん……ノアが言ってた、『アーク』ってのはどうだ?」
《お、いいね! ノアズ・アーク! 箱舟みたいでカッコいいじゃん!》
いつの間にか会話に参加してきているノア。
「よし、じゃあ俺たちは今日から『アーク』だ!」
……まあ、仮でいいか。
「それで、次はどうする? ノア、他にヤバそうなヤツ、いるんだろ?」
大輝が早速、ノアに次のターゲット候補を尋ねる。僕もスマホを取り出し、ノアから送られてくる情報に目を通した。
《いくつか候補はあるけどねー。まずは情報収集が大事だよ? 慌てない慌てない》
やるべきことは山積みだ。情報収集、連携の練習……。そして、何より……。
「仲間……もっと見つけないとな」
僕がそう呟くと、大輝も力強く頷いた。
「だな! 水瀬とか、氷川とか……もしかしたら、あいつらも俺たちと同じ力が……?」
まだ分からない。でも、可能性はあるはずだ。僕らの戦いは、まだ始まったばかり。そして、この鷲久市には、僕らの助けを待っている人が、きっとまだいるはずだから。