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第19話 巫女の祈り、聖なるアバター

 ノアの警告と同時に背後の暗がりから複数の人影がぬっと現れた。

 街灯の頼りない光に照らし出されたのは、一見すると普通の若者たち……いや、普通じゃない。その目はうつろで焦点が合っておらず、まるで操り人形のように、ぎこちない動きで僕たちを取り囲もうとしていた。


「こいつら……廃工場に集まってるっていう……!?」


 大輝が息を呑む。間違いない。彼らはマインドワームの影響下にある。しかも、その数は五人……いや、六人か。


《うわー、思ったより多いね。しかも、なんか変なクスリでもキメてるみたいに、動きが読みにくいよ!》


 ノアの焦ったような声。若者たちは、唸り声のようなものを上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。話し合いで解決できる雰囲気じゃない。


「やるぞ、大輝!」

「おう!」


 僕たちは同時にスマホを構えアバターを起動させた! 青白い光を放つ僕のアバターと、燃えるような大輝のアバターが、若者たちの前に立ちはだかる。


「うおおおっ!」


 大輝のアバターが先陣を切って突撃し、炎の拳で一人を吹き飛ばす。僕も光線銃で応戦し、他の若者たちの動きを牽制けんせいする。

 だが、相手は痛みを感じていないのか、あるいは恐怖心が麻痺まひしているのか、ひるむことなく次々と襲いかかってくる。数が多い上に、動きが連携不足な分、逆に予測しづらい。


「ちっ、キリがねぇぞ!」


 大輝が悪態をつく。僕たち二人だけでは、じり貧になるのは時間の問題かもしれない。

 その時だった。


「きゃっ!」


 戦闘の起こっている場所から少し離れた通りから、聞き覚えのある、可憐かれんな悲鳴が聞こえた。まさか……!


「水瀬さん!?」


 僕がそちらを見ると、神社の帰りなのだろうか、買い物袋を抱えた水瀬 一葉さんが、状況が飲み込めずに立ちすくんでいた。そして、運悪く、操られた若者の一人が彼女の存在に気づき、ターゲットを変えて襲いかかろうとしていた!


「まずい!」

「させっかよ!」


 僕と大輝は、一葉さんをかばおうと動き出すが、他の若者たちに阻まれて、すぐに駆けつけられない!


 若者の手が、一葉さんの細い肩に伸びる――!


 その瞬間。


 一葉さんの身体からだから、淡い、けれど強い光が溢れ出したのだ。それは、僕や大輝の時のような激しい光じゃない。もっと静かで、清らかで、まるで月光のような光だった。


《これは……! やっぱり、この子も……!》


 ノアの驚きの声。

 一葉さんが胸元で握りしめていた、小さな白いお守りが、スマホの画面のように明滅し始めた。彼女のスマホにも、あの名前のないアプリのアイコンが一瞬表示されたのが見えた気がした。


「……この街を……この人たちを……けがさせは、しません……!」


 一葉さんの、凛とした声が響く。それは祈りのようであり、強い決意の表明でもあった。彼女の中に眠っていた、巫女みことしての力、あるいはこの土地を守ろうとする純粋な想いが、トリガーとなったのだ。


《|魂《ソウル》の祈りいのり、感知。アバター、起動します》


 優しい光の中から現れたのは、白い巫女装束に、光の帯や回路のような模様が組み合わされた、神秘的なアバターだった。

 その手には、神楽鈴かぐらすずを模した杖のようなものが握られている。攻撃的な雰囲気はないけれど、そのたたずまいには、邪悪なものを寄せ付けないような、聖なるオーラが満ちていた。


「すごい……これが、水瀬さんの……」


 僕が息を呑む。一葉さんのアバターは、その杖を静かに掲げた。すると、杖の先端から柔らかな光の波紋が広がり、僕と大輝のアバターを包み込む。疲労感がすっと和らぎ、力がみなぎってくるのが分かった。回復と支援の力……!


 さらに、その光は襲いかかってきていた若者たちにも降り注いだ。彼らの動きが、明らかに鈍くなる。苦しげな表情が、少しだけ和らいだようにも見えた。


「よし、今だ! 一気に決めるぞ!」


 大輝が叫ぶ。一葉さんのサポートを得た僕たちは勢いを取り戻した。僕が敵の動きを封じ、大輝が打撃を与え、そして一葉さんが浄化の光で精神的な歪みを和らげていく。三人の、初めての連携。それは驚くほどスムーズで、力強かった。


 数分後。操られていた若者たちは、全員が糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ち、眠るように意識を失っていた。

 彼らの瞳からは、もうあのうつろな光は消えている。


「……終わった……のか?」


 僕たちはアバターを解除し、荒い息をつきながら顔を見合わせた。


「すっげぇ……! 水瀬、お前、そんな力隠してたのかよ!」


 大輝が興奮気味に一葉さんに駆け寄る。


「わ、私にも……何がなんだか……」


 一葉さんは、まだ状況が飲み込めていないのか戸惑った表情で自分の手を見つめている。突然、不思議な力に目覚めてしまったのだ。無理もない。


 でも、僕には分かった。彼女もまた、僕らと同じ「仲間」なんだと。


「……ありがとう、水瀬さん。助かった」


 僕が言うと、彼女は少し顔を赤らめて、小さく頷いた。

 これで、三人。僕らのチーム「アーク」に、頼もしい仲間が加わった。廃工場の調査はこれからだけど、なんだか、やれる気がしてきた。僕らは、互いの顔を見合わせ、力強く頷き合った。


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