僕たち三人は、アジトにした神社の旧社務所に集まっていた。
ターゲットは、生徒会役員の一人……名前は、
「準備はいいか?」
僕が問いかけると、大輝と一葉は力強く頷いた。初めての、三人での本格的な精神ネットワークへのアクセス。緊張しないわけじゃないけど、隣に仲間がいると思うと、不思議と心強かった。
「いつでもOKだぜ、リーダー!」
「はい、私も……!」
僕らは互いに顔を見合わせ、それぞれのスマートフォンを構える。画面には、あの名前のないアプリ……『
「行くぞ!」
僕の合図で、三人は同時にアプリを起動させた。
《ターゲットロック……|精神領域《マインドエリア》への
ノアの声と共に視界が光とノイズに包まれる、あの独特の感覚。今回は一人じゃない。隣には大輝と一葉の気配を感じる。三つの意識が一本の光の線で
そして、僕たちが降り立ったのは……学校の廊下だった。ただし、そこは僕らが知っている鷲久北高校とは似て非なる、異様な空間だ。
床も壁も、寸分の狂いもなく磨き上げられていて冷たい光沢を放っている。窓の外には、現実離れした、幾何学的な模様が描かれた空が広がっていた。
廊下の壁には、『規律』『秩序』『序列』といった言葉が、まるで標語のように延々と掲げられている。
「うわ……なんか、息が詰まりそうな場所だな」
大輝が顔をしかめる。
「ええ……それに、なんだかとても……冷たい感じがします」
一葉さんも、不安そうに周囲を見回している。
《ふむふむ、なるほどねー。ここは相良君の『理想の学校』ってわけか。ルール絶対、序列が全て、みたいな? でも、その完璧さ自体が、なんだかすごく歪《いびつ》だね》
ノアが解説する。確かに、この完璧すぎるほどの秩序は、逆に狂気じみて見える。これが、相良という人物の心の中……。
僕たちはアバターを起動させ、警戒しながら廊下を進み始めた。僕のアバターを先頭に、左右を大輝と一葉のアバターが固める。
すると早速、前方から黒い影が現れた。それは、制服を着た生徒の姿をしているが、顔はなく、ただ『劣等生』というラベルが貼られているだけだった。影は、まるで風紀委員のように、僕らに向かって警告を発してきた。
『違反者は排除スル! 秩序ヲ乱ス者は排除スル!』
「うわっ、出た!」
「こいつらも『心の影』か!」
影は複数体いる。僕らは、アイコンタクトで連携を確認した。
「大輝、前方を頼む! 一葉さん、援護を!」
「おう!」
「はい!」
大輝のアバターが炎の拳で突撃し影たちを引きつける。その隙に、僕のアバターが光線銃で的確に影を撃ち抜き、一葉さんのアバターが放つ浄化の光が、影たちの動きを鈍らせ、弱体化させていく。
三人の息は、初めてとは思えないほど合っていた。それぞれの役割を果たすことで、一人や二人では苦戦したであろう数の敵も、難なく突破することができた。
「へへっ、なかなかやるじゃん、俺たち!」
大輝が得意げに笑う。確かに仲間と連携して戦うのは、想像以上に頼もしく、そして……少し楽しかった。
僕らは、歪んだ校舎の中をさらに奥へと進んでいく。図書室のような場所では、ページ全て白紙の本が並び、『知識は序列によって与えられる』という文字が壁に浮かんでいた。
音楽室では、ただ一つの音だけが延々と繰り返され、『調和とは完全なる同一性』と表示されている。どこもかしこも、相良の歪んだ価値観が反映されているかのようだ。
そして、僕らは時折、彼の心の声や記憶の断片に触れた。
《なぜだ……なぜ俺は、いつも結城の次なんだ……!》
《もっと力が欲しい……誰もが俺を認め、ひれ伏すような力が……!》
《そうだ……あの廃工場に行けば……『覚醒』すれば、俺は……!》
常に完璧な生徒会長、結城 誠と比較され続けたことへの劣等感。それを覆すための歪んだ承認欲求と支配欲。そして、マインドワームの甘い
「……なんだか、
大輝が、ぽつりと呟いた。彼の言う通りかもしれない。歪んではいるけれど、その根底にあるのは、誰かに認められたいという、切実な願いなのかもしれない。
やがて僕たちは校舎の最上階らしき場所……豪華な装飾が施された、生徒会室のような部屋の前にたどり着いた。ここが、この精神領域の中心部のようだ。
《気をつけて。この先、かなり強い歪みを感じるよ。たぶん、彼の歪んだ自尊心が作り出した、強力な番人がいるはずだ》
ノアの警告に、僕らは頷く。部屋の扉は、異様な威圧感を放っていた。
僕が扉に手をかけようとした、その時だった。扉がひとりでに開き、中から冷たい声が響いてきた。
『……貴様らか。この私の完璧なる世界に、無断で侵入する不届き者は』
部屋の中央には、生徒会長の椅子にふんぞり返るように座る、巨大な「心の影」がいた。それは、相良自身の姿によく似ているが、その
「お前が、相良先輩の心を……!」
大輝が叫ぶ。
『フン、取るに足らない雑音だな。秩序を乱す害虫は、ここで駆除してくれる』
歪んだ王は、ゆっくりと立ち上がり、僕たちを見下ろした。その手には、序列を示すかのような、巨大なハンマーが握られている。
中ボス……いや、これはかなり手強そうだ。僕たち三人は、覚悟を決めて、それぞれの武器を構えた。