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第21話 潜行《ダイブ》! 歪みの学舎、エリートの影《シャドウ》

 僕たち三人は、アジトにした神社の旧社務所に集まっていた。

 ターゲットは、生徒会役員の一人……名前は、相良さがらとか言ったか。完璧な生徒会長、結城 誠の影に隠れがちだが、プライドが高く、支配欲が強いタイプらしい。彼が、廃工場での不気味な集会の中心人物である可能性が高い。


「準備はいいか?」


 僕が問いかけると、大輝と一葉は力強く頷いた。初めての、三人での本格的な精神ネットワークへのアクセス。緊張しないわけじゃないけど、隣に仲間がいると思うと、不思議と心強かった。


「いつでもOKだぜ、リーダー!」

「はい、私も……!」


 僕らは互いに顔を見合わせ、それぞれのスマートフォンを構える。画面には、あの名前のないアプリ……『魂繋コネクター』が表示されている。


「行くぞ!」


 僕の合図で、三人は同時にアプリを起動させた。


《ターゲットロック……|精神領域《マインドエリア》への接続アクセスを開始します》


 ノアの声と共に視界が光とノイズに包まれる、あの独特の感覚。今回は一人じゃない。隣には大輝と一葉の気配を感じる。三つの意識が一本の光の線でつながっていくような、不思議な一体感があった。


 そして、僕たちが降り立ったのは……学校の廊下だった。ただし、そこは僕らが知っている鷲久北高校とは似て非なる、異様な空間だ。

 床も壁も、寸分の狂いもなく磨き上げられていて冷たい光沢を放っている。窓の外には、現実離れした、幾何学的な模様が描かれた空が広がっていた。

 廊下の壁には、『規律』『秩序』『序列』といった言葉が、まるで標語のように延々と掲げられている。


「うわ……なんか、息が詰まりそうな場所だな」


 大輝が顔をしかめる。


「ええ……それに、なんだかとても……冷たい感じがします」


 一葉さんも、不安そうに周囲を見回している。


《ふむふむ、なるほどねー。ここは相良君の『理想の学校』ってわけか。ルール絶対、序列が全て、みたいな? でも、その完璧さ自体が、なんだかすごく歪《いびつ》だね》


 ノアが解説する。確かに、この完璧すぎるほどの秩序は、逆に狂気じみて見える。これが、相良という人物の心の中……。


 僕たちはアバターを起動させ、警戒しながら廊下を進み始めた。僕のアバターを先頭に、左右を大輝と一葉のアバターが固める。


 すると早速、前方から黒い影が現れた。それは、制服を着た生徒の姿をしているが、顔はなく、ただ『劣等生』というラベルが貼られているだけだった。影は、まるで風紀委員のように、僕らに向かって警告を発してきた。


『違反者は排除スル! 秩序ヲ乱ス者は排除スル!』

「うわっ、出た!」

「こいつらも『心の影』か!」


 影は複数体いる。僕らは、アイコンタクトで連携を確認した。


「大輝、前方を頼む! 一葉さん、援護を!」

「おう!」

「はい!」


 大輝のアバターが炎の拳で突撃し影たちを引きつける。その隙に、僕のアバターが光線銃で的確に影を撃ち抜き、一葉さんのアバターが放つ浄化の光が、影たちの動きを鈍らせ、弱体化させていく。

 三人の息は、初めてとは思えないほど合っていた。それぞれの役割を果たすことで、一人や二人では苦戦したであろう数の敵も、難なく突破することができた。


「へへっ、なかなかやるじゃん、俺たち!」


 大輝が得意げに笑う。確かに仲間と連携して戦うのは、想像以上に頼もしく、そして……少し楽しかった。


 僕らは、歪んだ校舎の中をさらに奥へと進んでいく。図書室のような場所では、ページ全て白紙の本が並び、『知識は序列によって与えられる』という文字が壁に浮かんでいた。

 音楽室では、ただ一つの音だけが延々と繰り返され、『調和とは完全なる同一性』と表示されている。どこもかしこも、相良の歪んだ価値観が反映されているかのようだ。

 そして、僕らは時折、彼の心の声や記憶の断片に触れた。


《なぜだ……なぜ俺は、いつも結城の次なんだ……!》

《もっと力が欲しい……誰もが俺を認め、ひれ伏すような力が……!》

《そうだ……あの廃工場に行けば……『覚醒』すれば、俺は……!》


 常に完璧な生徒会長、結城 誠と比較され続けたことへの劣等感。それを覆すための歪んだ承認欲求と支配欲。そして、マインドワームの甘いささやきに、彼は簡単に取り込まれてしまったのだろう。


「……なんだか、可哀想かわいそうな人だな」


 大輝が、ぽつりと呟いた。彼の言う通りかもしれない。歪んではいるけれど、その根底にあるのは、誰かに認められたいという、切実な願いなのかもしれない。


 やがて僕たちは校舎の最上階らしき場所……豪華な装飾が施された、生徒会室のような部屋の前にたどり着いた。ここが、この精神領域の中心部のようだ。


《気をつけて。この先、かなり強い歪みを感じるよ。たぶん、彼の歪んだ自尊心が作り出した、強力な番人がいるはずだ》


 ノアの警告に、僕らは頷く。部屋の扉は、異様な威圧感を放っていた。

 僕が扉に手をかけようとした、その時だった。扉がひとりでに開き、中から冷たい声が響いてきた。


『……貴様らか。この私の完璧なる世界に、無断で侵入する不届き者は』


 部屋の中央には、生徒会長の椅子にふんぞり返るように座る、巨大な「心の影」がいた。それは、相良自身の姿によく似ているが、その身体からだは冷たい金属のようなもので覆われ、瞳には傲慢ごうまんな光が宿っている。まるで、歪んだ王様だ。


「お前が、相良先輩の心を……!」


 大輝が叫ぶ。


『フン、取るに足らない雑音だな。秩序を乱す害虫は、ここで駆除してくれる』


 歪んだ王は、ゆっくりと立ち上がり、僕たちを見下ろした。その手には、序列を示すかのような、巨大なハンマーが握られている。


 中ボス……いや、これはかなり手強そうだ。僕たち三人は、覚悟を決めて、それぞれの武器を構えた。



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