相良先輩のマインドワームを三人で浄化してから、しばらくが経った。
梅雨入り前の、少し湿気を含んだ風が吹く季節。僕たちの日常は、表向きは何も変わらないように見えたが確実に変化していた。
まず、相良先輩。あれ以来、以前の
生徒会の仕事も真面目にこなしているらしいけど、完璧超人の生徒会長、結城 誠を見る目は、以前とは少し違う……複雑な色を帯びているように見えた。
彼が自分の心とどう向き合っていくのか、それは彼自身の問題だ。僕らにできるのは、そっと見守ることくらいだろう。廃工場に集まっていた若者たちも、徐々に正気に戻り、それぞれの生活に戻りつつあると、大輝が調べてきてくれた。
そして、僕ら「アーク」の活動も、日常の一部になりつつあった。
放課後になると、僕と大輝、そして一葉さんは、自然と神社の旧社務所……僕らのアジトに集まるようになった。
今日の授業がどうだったとか、週末どこか遊びに行かないかとか、そんな普通の高校生みたいな会話をしながら、一方で、街の噂やネット上の情報を共有し、次のマインドワームの兆候を探る。
「このSNSの書き込み、ちょっと引っかかるんだよな……。急に攻撃的になってるっていうか」
「こっちのサイトは、最近アクセス数が異常に増えてるみたい。ノア、何か分かる?」
《んー? ちょっと覗いてみるね……あ、やっぱり。なんか変なプログラムの反応があるかも》
「
時には、人のいない河川敷でこっそりアバターを起動させて、連携の練習をしたりもした。
大輝のパワーと突進力、一葉さんの回復と補助、そして僕の分析と中距離攻撃。三人の息は、回数を重ねるごとに驚くほど合っていくのが分かった。一人じゃない、仲間がいる。その事実が、僕に大きな勇気をくれていた。
仲間といえば、氷川 玲奈さんとの関係も、ほんの少しだけど、前に進んでいる気がする。
この前、ゲーセンで偶然会った時、僕が声をかけると、最初はやっぱり驚いていたけど、逃げたりはしなかった。
「……別に、あんたに関係ないって言ったはずだけど」
「まあ、そう言わずにさ。最近、どんなゲームしてるのかなって」
「……別に、普通のだよ」
ぶっきらぼうな態度は相変わらずだけど会話が続いている。それだけでも、すごい進歩だ。
彼女が夢中になっていた対戦格闘ゲームの攻略法を、少しだけ教えてくれたりもした(ものすごく早口で、専門用語ばかりだったけど)。
僕が彼女の心の闇に触れたことに、彼女は薄々気づいているのかもしれない。それでも、僕を完全に拒絶しないのは……僕が彼女を救おうとした気持ちが、少しは伝わったからだと、信じたい。
そんな風に、日常と非日常が入り混じる日々の中で、僕らは新たな脅威の影も感じ始めていた。
《ねえ、悠人。最近調べてて気づいたんだけどさ》
ある日のアジトでの会議中、ノアが珍しく真剣なトーンで切り出した。
《この街で起きてるマインドワーム事件、どうも裏で誰かが糸を引いてるっぽいんだよね。しかも、かなり計画的に》
「計画的……?」
《うん。感染者を増やして、何か大きな目的を果たそうとしてる……そんな感じ。《《マインド・イーター》》って、前に話したでしょ? たぶん、そいつらの仕業だよ》
マインド・イーター……。その名前を聞くと、背筋がぞくりとした。僕らがこれまで相手にしてきたのは、いわばトカゲの尻尾で、本体はもっと巨大で、
そして、僕らが集めた情報の中には、気になる名前がいくつか挙がっていた。
一人は、生徒会長の結城 誠。完璧に見える彼だけど、最近、どこか思い悩んでいるような姿が目撃されているらしい。相良先輩の一件で、彼も何かを感じているのか、それとも……。
もう一人は、クラスは違うけど、時々廊下で見かける派手なギャルの、夏目 莉緒さん。彼女の周りで、最近ちょっとしたトラブルが続いているという噂があった。単なる偶然なのか、それとも……。
「……あいつらも、狙われてる可能性があるってことか」
大輝が、険しい顔で呟く。
「ええ……。注意して見ていた方がいいかもしれません」
一葉さんも同意する。
僕らのやるべきことは、まだまだ尽きない。マインド・イーターの正体を突き止め、その計画を阻止する。そして、まだ見ぬ仲間を見つけ出し、力を合わせること。
僕らは顔を見合わせ、静かに頷いた。チーム「アーク」の本当の戦いは、これからなのかもしれない。