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第25話 紫陽花《あじさい》の咲く道、巫女の告白

 梅雨入り前の貴重な晴れ間が広がった週末の午後。僕は、水瀬 一葉さんと二人で、彼女の家の神社へと続く、古い石畳の参道を歩いていた。

 色とりどりの紫陽花あじさいが、雨上がりで一層鮮やかに咲き誇っている。今日は神社の定例の清掃日で、僕が「何か手伝うよ」と声をかけたら、彼女は少し驚いた後、「……じゃあ、お願いしようかな」と、はにかむように言ってくれたのだ。


 二人で黙々と落ち葉を掃いたり、本殿の拭き掃除をしたり。作業自体は単純だったけど、彼女と静かに過ごす時間は、なんだか不思議と落ち着いた。


 休憩中、縁側でお茶をいただきながら、僕は思い切って聞いてみた。


「水瀬さんって……やっぱり、普通の人が感じないようなもの、感じたりするの?」


 唐突な質問に、彼女は少しだけ目を見開いた。そして、湯呑みを見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し始めてくれた。


「……うん。昔から、少しだけ。他の人には見えない『気配』とか……声、みたいなものが、聞こえたりすることがあったの」


 その声は、どこか寂しげだった。


「子供の頃は、それが普通だと思ってた。でも、周りの子とは違うって気づいて……気味悪がられたり、嘘つきって言われたりすることもあって……」


 うつむいた彼女の横顔は、普段のミステリアスな雰囲気とは違う、年相応の女の子のそれだった。特別な力を持つことの孤独。それは、アバターという力を持ってしまった僕にも、少しだけ分かる気がした。


「……だから、いつの間にか、あんまり人と関わらないように……自分のからに閉じこもるようになってた」

「水瀬さん……」

「でも、祖母おばあちゃんは言ってくれた。『その力は、きっと誰かのために役立つ時が来る。誇りに思いなさい』って……。神社の巫女みことしての務めも……そう教わってきた」


 彼女は顔を上げ、真っ直ぐに僕を見た。その瞳には、迷いと、それでも前を向こうとする強い意志が宿っている。


「だから……この前の時も、怖かったけど……身体からだが勝手に動いたの。あなたや、桐生君を守らなきゃって……この街を、よくないものから守らなきゃって……」


 彼女の言葉は、静かだけど、僕の心に深く響いた。特別な力を持つことへの戸惑い、孤独、そして使命感。僕が抱えているものと、どこか重なる部分があるのかもしれない。


「……そっか。話してくれて、ありがとう」


 僕は、できるだけ優しい声で言った。


「僕も……まあ、水瀬さんとはちょっと違うかもしれないけど……この街に来て、普通じゃない力に関わることになって……正直、戸惑ってるし、怖いと思うこともある」

「来栖君も……?」

「うん。だから……もし、水瀬さんが一人で抱えきれないって思うことがあったら、僕にも話してほしい。僕にできることがあるかは分からないけど……力になりたいって思うから」


 それは、僕の本心だった。彼女の力になりたい。そして、僕もまた、彼女に支えてほしいのかもしれない。

 一葉さんは驚いたようにまばたきをし、それから……ふわり、と柔らかく微笑んだ。雨上がりの紫陽花みたいに、瑞々《みずみず》しくて、綺麗な笑顔だった。ドキッとするくらいに。


「……ありがとう、来栖君。……あなたは……優しいんだね」


 少しだけ頬を赤らめて、彼女はそう言った。その言葉と笑顔が、僕の心の中に温かい光をともしてくれた気がした。


 帰り道、僕らはまた二人で参道を歩いた。さっきまでの少し重たい空気は消えて、穏やかで、心地よい沈黙が流れる。


「……あの、来栖君」


 不意に、一葉さんが立ち止まった。彼女は、何かを感じ取ったように、鋭い視線で参道の先……廃工場のある方角を見つめている。


「どうかした?」

「……ううん。なんでもない……ただ、また……少し、嫌な『気配』が強くなったような気がして……」


 彼女の表情が、かすかに曇る。廃工場の件、やっぱり何か関係があるのかもしれない。


「……大丈夫だよ」


 僕は、気づけば彼女の隣に立ち、同じ方角を見ていた。


「一人じゃない。僕らがいるから」


 僕の言葉に、彼女は驚いたように僕を見上げ、そして、もう一度、小さく、でもはっきりと頷いた。

 僕と彼女の間に、確かな絆が生まれたような気がした。それはまだ、名前のない感情かもしれないけれど。

 同時に、僕は決意を新たにしていた。彼女を、そしてこの街を守るために、僕らのチーム「アーク」として、前に進まなければならない、と。

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