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第26話 雨音のゲームセンター、女王《クイーン》の素顔

 梅雨つゆの季節、しとしとと、窓の外では灰色の雨が降り続いている。

 放課後の教室には、どこか気だるい空気が漂っていた。僕は、ちらりと氷川 玲奈さんの席に目をやる。彼女は、窓際でイヤホンをして、スマホの画面に集中していた。相変わらず、一人だけの世界、という感じだ。


 でも、以前とは何かが違う。あの事件……僕が彼女の心の中にアクセスしてから、彼女のまとう空気は、少しだけ柔らかくなった気がする。ピリピリとした緊張感が、薄れたような。


(……少し、話してみたいな)


 そう思ったものの、教室で声をかけるのは、まだハードルが高い。彼女も、周りの目を気にしているかもしれないし。


 結局、僕は放課後、吸い寄せられるように駅前のゲームセンターに来ていた。雨のせいか、店内はいつもより少しだけ空いている。

 格闘ゲームのコーナーへ行くと……やっぱり、彼女はいた。一人で黙々と、CPU相手に練習しているようだ。画面に映し出されるキャラクターの動きは、相変わらずキレキレだけど、以前のような鬼気迫る雰囲気はない。どこか、純粋にゲームを楽しんでいるように……見えなくもない。


 僕は意を決して、彼女の隣の空いている筐体きょうたいに座り、声をかけた。


「……よっ。奇遇きぐうだね」


 玲奈さんは、びくりと肩を揺らし、驚いた顔で僕を見た。イヤホンを片方外しながら。


「……来栖くるす君? あんた……なんでここに?」

「いや、別に……雨宿り、みたいな?」


 我ながら、下手な言い訳だ。彼女はジト目で僕を一瞥いちべつしたが、すぐに画面へと視線を戻した。……まあ、こんなもんか。


 しばらく無言の時間が流れる。隣でプレイする彼女の横顔を盗み見る。集中している時の、真剣な表情。時折、難しいコンボが決まると、ほんの少しだけ口元がゆるむ。やっぱり、ゲームが好きなんだな、と改めて思った。


「……あのさ」


 僕が再び口を開くと、彼女は少し面倒くさそうに、またこちらを見た。


「そのゲーム、面白い?」

「は? ……まあ、普通」

「ふーん。氷川さんって、格ゲーばっかりやってるイメージだったけど」

「……別に、これだけじゃない。パズルとか……RPGとかも、やるし」


 意外だ。てっきり、対戦もの一筋なのかと思っていた。


「へえ。なんか、おすすめとかある?」

「……なんで、あんたに教えなきゃいけないの」


 ぷい、とそっぽを向く玲奈さん。……やっぱり、まだ壁は厚いか。そう思った時だった。


「……でも、まあ……この前出た、『もふもふフロンティア』は、結構……悪くなかった、かも」

「もふもふ……フロンティア?」


 なんだその、可愛いタイトルは。


「……っ! わ、忘れて! なんでもない!」


 玲奈さんは、顔を真っ赤にして慌てて否定する。その姿が、なんだかすごく……可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。


「あはは、ごめんごめん。意外な一面が見れたなーって」

「……笑うな!」


 顔を赤くしたまま、彼女は僕を軽くにらみつけてくる。でも、その表情には、怒りよりも照れの方が強くにじんでいた。


 少しだけ、場の空気が和んだ気がした。僕は、もう少しだけ踏み込んでみることにした。


「……氷川さん。この前のこと……覚えてる?」


 僕がそう言うと、彼女の表情がサッと曇った。そして、気まずそうに視線を落とす。


「……少しだけ。……私、ひどいこと、言ってた……」

「……うん」

「……ごめん」


 消え入りそうな声での謝罪。僕は、首を横に振った。


「ううん、気にしないで。大変だったんだなって、分かってるから」

「……なんで、あんたは……そんな、普通なの?」


 玲奈さんは、不思議そうに僕を見上げた。その瞳は、少しうるんでいるようにも見えた。


「普通って……」

「だって……私、あんな……。なのに、あんたは……気味悪いとか、思わないの?」


 彼女はずっと、そんな風におびえていたのかもしれない。自分が普通じゃないことに、周りからどう見られるかに。


「思わないよ。誰だって、つらい時とか、苦しい時とかあるだろ? 氷川さんは、ちょっと……溜め込みすぎちゃっただけだよ、きっと」


 僕がそう言うと、彼女は目をぱちくりとさせた後、何かを耐えるように、ぎゅっと唇を結んだ。


「……ねえ、氷川さん」


 僕は、思い切って提案してみた。


「もしよかったらさ……今度、一緒にゲーム、しない? その、『もふもふフロンティア』でもいいし」


 僕の言葉に、玲奈さんは数秒間固まっていたが、やがて、さらに顔を赤くしながら、小さな声で答えた。


「……べ、別に……いいけど。……あんたが、どうしてもって言うなら」


 来た! ツンデレ返事! これは、OKってことだよな!?

 やった! 心の中でガッツポーズする。


「そっか、じゃあ、今度連絡するよ」

「……うん」


 僕が席を立とうとすると、彼女が、さらに小さな声で呟いた。


「……あのさ」

「ん?」

「…………ありがと」


 それは、雨音に消えてしまいそうなほど、か細い声だったけど、確かに僕の耳に届いた。

 僕は、なんだか胸がいっぱいになって、ただ頷くことしかできなかった。

 ゲームセンターの外に出ると、雨は少しだけ小降りになっていた。僕の心の中も、少しだけ、晴れ間が差したような気がした。


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