放課後の教室には、どこか気だるい空気が漂っていた。僕は、ちらりと氷川 玲奈さんの席に目をやる。彼女は、窓際でイヤホンをして、スマホの画面に集中していた。相変わらず、一人だけの世界、という感じだ。
でも、以前とは何かが違う。あの事件……僕が彼女の心の中にアクセスしてから、彼女の
(……少し、話してみたいな)
そう思ったものの、教室で声をかけるのは、まだハードルが高い。彼女も、周りの目を気にしているかもしれないし。
結局、僕は放課後、吸い寄せられるように駅前のゲームセンターに来ていた。雨のせいか、店内はいつもより少しだけ空いている。
格闘ゲームのコーナーへ行くと……やっぱり、彼女はいた。一人で黙々と、CPU相手に練習しているようだ。画面に映し出されるキャラクターの動きは、相変わらずキレキレだけど、以前のような鬼気迫る雰囲気はない。どこか、純粋にゲームを楽しんでいるように……見えなくもない。
僕は意を決して、彼女の隣の空いている
「……よっ。
玲奈さんは、びくりと肩を揺らし、驚いた顔で僕を見た。イヤホンを片方外しながら。
「……
「いや、別に……雨宿り、みたいな?」
我ながら、下手な言い訳だ。彼女はジト目で僕を
しばらく無言の時間が流れる。隣でプレイする彼女の横顔を盗み見る。集中している時の、真剣な表情。時折、難しいコンボが決まると、ほんの少しだけ口元が
「……あのさ」
僕が再び口を開くと、彼女は少し面倒くさそうに、またこちらを見た。
「そのゲーム、面白い?」
「は? ……まあ、普通」
「ふーん。氷川さんって、格ゲーばっかりやってるイメージだったけど」
「……別に、これだけじゃない。パズルとか……RPGとかも、やるし」
意外だ。てっきり、対戦もの一筋なのかと思っていた。
「へえ。なんか、おすすめとかある?」
「……なんで、あんたに教えなきゃいけないの」
ぷい、とそっぽを向く玲奈さん。……やっぱり、まだ壁は厚いか。そう思った時だった。
「……でも、まあ……この前出た、『もふもふフロンティア』は、結構……悪くなかった、かも」
「もふもふ……フロンティア?」
なんだその、可愛いタイトルは。
「……っ! わ、忘れて! なんでもない!」
玲奈さんは、顔を真っ赤にして慌てて否定する。その姿が、なんだかすごく……可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。
「あはは、ごめんごめん。意外な一面が見れたなーって」
「……笑うな!」
顔を赤くしたまま、彼女は僕を軽く
少しだけ、場の空気が和んだ気がした。僕は、もう少しだけ踏み込んでみることにした。
「……氷川さん。この前のこと……覚えてる?」
僕がそう言うと、彼女の表情がサッと曇った。そして、気まずそうに視線を落とす。
「……少しだけ。……私、
「……うん」
「……ごめん」
消え入りそうな声での謝罪。僕は、首を横に振った。
「ううん、気にしないで。大変だったんだなって、分かってるから」
「……なんで、あんたは……そんな、普通なの?」
玲奈さんは、不思議そうに僕を見上げた。その瞳は、少し
「普通って……」
「だって……私、あんな……。なのに、あんたは……気味悪いとか、思わないの?」
彼女はずっと、そんな風に
「思わないよ。誰だって、つらい時とか、苦しい時とかあるだろ? 氷川さんは、ちょっと……溜め込みすぎちゃっただけだよ、きっと」
僕がそう言うと、彼女は目をぱちくりとさせた後、何かを耐えるように、ぎゅっと唇を結んだ。
「……ねえ、氷川さん」
僕は、思い切って提案してみた。
「もしよかったらさ……今度、一緒にゲーム、しない? その、『もふもふフロンティア』でもいいし」
僕の言葉に、玲奈さんは数秒間固まっていたが、やがて、さらに顔を赤くしながら、小さな声で答えた。
「……べ、別に……いいけど。……あんたが、どうしてもって言うなら」
来た! ツンデレ返事! これは、OKってことだよな!?
やった! 心の中でガッツポーズする。
「そっか、じゃあ、今度連絡するよ」
「……うん」
僕が席を立とうとすると、彼女が、さらに小さな声で呟いた。
「……あのさ」
「ん?」
「…………ありがと」
それは、雨音に消えてしまいそうなほど、か細い声だったけど、確かに僕の耳に届いた。
僕は、なんだか胸がいっぱいになって、ただ頷くことしかできなかった。
ゲームセンターの外に出ると、雨は少しだけ小降りになっていた。僕の心の中も、少しだけ、晴れ間が差したような気がした。