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第27話 金色《こんじき》の疾風《かぜ》、ギャルと廃墟の噂

 梅雨つゆの晴れ間。僕たち「アーク」の三人は、アジトである神社の旧社務所に集まり、例の廃工場事件について話し合っていた。

 相良先輩の一件は解決したものの、街にはまだマインドワームの気配がくすぶっている。特に、あの廃工場周辺の噂は、日増しに不穏ふおんさを増していた。


「ネットの情報だけじゃ、限界があるな……」


 パソコンの画面から顔を上げる。ノアの助けを借りても、あの閉鎖的なコミュニティサイトの核心にはなかなか迫れない。


「だよなー。やっぱ、直接なんかアクション起こさねぇと……」


 大輝が腕を組む。


「でも、不用意に近づくのは危険です。相手がどんな組織かも、まだ……」


 一葉さんが心配そうに言う。彼女の言う通りだ。マインド・イーター……その存在が、僕らに重くのしかかる。


「そういやさ」


 ふと、大輝が思い出したように言った。


「最近、ウチのクラスのギャルグループで、ちょっと気になる噂あんだよな」

「ギャルグループ?」

「おう。中心にいるのが、夏目 莉緒(なつめ りお)ってヤツなんだけどさ。そいつらが、例の廃工場に時々出入りしてるって話だぜ? しかも、なんか最近、夏目の様子が少し変だって、友達が言ってた」


 夏目 莉緒……。名前は聞いたことがある。確か、金髪で派手な格好をしている……いわゆる、クラスでも目立つタイプのギャルだ。彼女が、あの廃工場に?


 その日から、僕は少しだけ、夏目さんのことを意識して見るようになった。

 噂通り、彼女はいつも明るい髪色の友達数人と一緒にいて、見た目も華やかで……正直、僕みたいなタイプとは接点がなさそうだ。話しかけるなんて、まず無理だろう。


 そう思っていた矢先、意外な場面に遭遇した。

 雨が強く降る日の放課後。駅前のバス停で、おばあさんが荷物をたくさん抱えて困っているところに、夏目さんがさっと駆け寄り、「ばーちゃん、大丈夫? 持つよ!」と、当たり前のように手伝っていたのだ。

 周りの目を気にする様子もなく、その手つきはすごく慣れている感じだった。そして、おばあさんに向ける笑顔は、驚くほど優しくて……。


(……見た目と、違う……のか?)


 ギャップ、というやつだろうか。僕は、彼女に対するイメージを少し改めた。そして、もしかしたら、彼女なら話を聞けるかもしれない、と思ったのだ。


 翌日、僕は勇気を出して、教室移動の途中で一人になった夏目さんに声をかけた。


「あ、あの……夏目さん」

「ん? あー……あんた、誰だっけ? 隣の隣のクラスの……」


 彼女は、少しだけ面倒くさそうに、でも特に威圧感はなく、僕を見た。ネイルが施された指で、スマホをいじっている。


「来栖 悠人。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」

「は? ナニ? ウチ、今忙しいんだけど」


 やっぱり、この調子か……。でも、ここで引くわけにはいかない。


「街外れの……廃工場の噂、何か知らないかなって」


 僕がそう言うと、彼女のスマホをいじる指が、ピタリと止まった。そして、少しだけ真剣な目で僕を見る。


「……なんで、あんたがそんなこと聞いてくんの?」

「いや……ちょっと、気になる噂を聞いたから」

「ふーん……?」


 彼女は、僕の顔をじろじろと値踏みするように見た後、ふう、とため息をついた。


「まあ、ちょっとヤバい連中が出入りしてるってのは、本当マジかもね。クスリやってる、とか、変な集会開いてる、とか……ロクな噂は聞かない」

「……やっぱり」

「関わんない方がいいって。特に、あんたみたいな真面目クンはさ」


 彼女は、どこか投げやりな口調で言った。でも、その瞳の奥には、単なる無関心ではない……何か、心配するような色が見えた気がした。


「夏目さんは……大丈夫なのか?」


 僕が思わずそう聞くと、彼女は少し驚いた顔をして、それから、ぷっと吹き出した。


「は? ウチのこと心配してくれてんの? あんた、ウケるね」


 彼女はケラケラと笑う。


「大丈夫だって。ウチは、ばーちゃんが心配するようなことには、絶対首突っ込まねーって決めてんの。あんなヤバそうなとこ、近づくわけないじゃん」


 ばーちゃん……。やっぱり、噂通り彼女にとって、おばあさんの存在はすごく大きいんだな。その言葉には、強い意志が感じられた。


「……そっか。なら、いいんだけど」

「ま、そういうワケだから。じゃーね、来栖クン?」


 彼女はひらひらと手を振って、友達の元へと行ってしまった。


 短い会話だったけど収穫はあった。彼女自身は直接関わってはいないかもしれない。でも、廃工場の危険性は認識しているようだ。そして、彼女の友達の中には、もしかしたら……。


 僕はアジトに戻り、大輝と一葉さんに、夏目さんとの接触について報告した。


「なるほどな……。夏目自身はシロかもしれねぇけど、周りのヤツらがヤバい可能性はあるわけか」

「ええ。それに、彼女自身も、いつ巻き込まれないとも限りません」


 僕らは、廃工場グループの内情を探るためにも、夏目さんとの接触を続けるのが有効かもしれない、と考えた。彼女を守る、という意味でも。


 次のアクションはどうするか……。廃工場への潜入調査か、それとも、夏目さんへのさらなるアプローチか。僕らは、顔を見合わせ、静かに頷き合った。



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