相良先輩の一件は解決したものの、街にはまだマインドワームの気配が
「ネットの情報だけじゃ、限界があるな……」
パソコンの画面から顔を上げる。ノアの助けを借りても、あの閉鎖的なコミュニティサイトの核心にはなかなか迫れない。
「だよなー。やっぱ、直接なんかアクション起こさねぇと……」
大輝が腕を組む。
「でも、不用意に近づくのは危険です。相手がどんな組織かも、まだ……」
一葉さんが心配そうに言う。彼女の言う通りだ。マインド・イーター……その存在が、僕らに重くのしかかる。
「そういやさ」
ふと、大輝が思い出したように言った。
「最近、ウチのクラスのギャルグループで、ちょっと気になる噂あんだよな」
「ギャルグループ?」
「おう。中心にいるのが、夏目 莉緒(なつめ りお)ってヤツなんだけどさ。そいつらが、例の廃工場に時々出入りしてるって話だぜ? しかも、なんか最近、夏目の様子が少し変だって、友達が言ってた」
夏目 莉緒……。名前は聞いたことがある。確か、金髪で派手な格好をしている……いわゆる、クラスでも目立つタイプのギャルだ。彼女が、あの廃工場に?
その日から、僕は少しだけ、夏目さんのことを意識して見るようになった。
噂通り、彼女はいつも明るい髪色の友達数人と一緒にいて、見た目も華やかで……正直、僕みたいなタイプとは接点がなさそうだ。話しかけるなんて、まず無理だろう。
そう思っていた矢先、意外な場面に遭遇した。
雨が強く降る日の放課後。駅前のバス停で、おばあさんが荷物をたくさん抱えて困っているところに、夏目さんがさっと駆け寄り、「ばーちゃん、大丈夫? 持つよ!」と、当たり前のように手伝っていたのだ。
周りの目を気にする様子もなく、その手つきはすごく慣れている感じだった。そして、おばあさんに向ける笑顔は、驚くほど優しくて……。
(……見た目と、違う……のか?)
ギャップ、というやつだろうか。僕は、彼女に対するイメージを少し改めた。そして、もしかしたら、彼女なら話を聞けるかもしれない、と思ったのだ。
翌日、僕は勇気を出して、教室移動の途中で一人になった夏目さんに声をかけた。
「あ、あの……夏目さん」
「ん? あー……あんた、誰だっけ? 隣の隣のクラスの……」
彼女は、少しだけ面倒くさそうに、でも特に威圧感はなく、僕を見た。ネイルが施された指で、スマホをいじっている。
「来栖 悠人。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……」
「は? ナニ? ウチ、今忙しいんだけど」
やっぱり、この調子か……。でも、ここで引くわけにはいかない。
「街外れの……廃工場の噂、何か知らないかなって」
僕がそう言うと、彼女のスマホをいじる指が、ピタリと止まった。そして、少しだけ真剣な目で僕を見る。
「……なんで、あんたがそんなこと聞いてくんの?」
「いや……ちょっと、気になる噂を聞いたから」
「ふーん……?」
彼女は、僕の顔をじろじろと値踏みするように見た後、ふう、とため息をついた。
「まあ、ちょっとヤバい連中が出入りしてるってのは、
「……やっぱり」
「関わんない方がいいって。特に、あんたみたいな真面目クンはさ」
彼女は、どこか投げやりな口調で言った。でも、その瞳の奥には、単なる無関心ではない……何か、心配するような色が見えた気がした。
「夏目さんは……大丈夫なのか?」
僕が思わずそう聞くと、彼女は少し驚いた顔をして、それから、ぷっと吹き出した。
「は? ウチのこと心配してくれてんの? あんた、ウケるね」
彼女はケラケラと笑う。
「大丈夫だって。ウチは、ばーちゃんが心配するようなことには、絶対首突っ込まねーって決めてんの。あんなヤバそうなとこ、近づくわけないじゃん」
ばーちゃん……。やっぱり、噂通り彼女にとって、おばあさんの存在はすごく大きいんだな。その言葉には、強い意志が感じられた。
「……そっか。なら、いいんだけど」
「ま、そういうワケだから。じゃーね、来栖クン?」
彼女はひらひらと手を振って、友達の元へと行ってしまった。
短い会話だったけど収穫はあった。彼女自身は直接関わってはいないかもしれない。でも、廃工場の危険性は認識しているようだ。そして、彼女の友達の中には、もしかしたら……。
僕はアジトに戻り、大輝と一葉さんに、夏目さんとの接触について報告した。
「なるほどな……。夏目自身はシロかもしれねぇけど、周りのヤツらがヤバい可能性はあるわけか」
「ええ。それに、彼女自身も、いつ巻き込まれないとも限りません」
僕らは、廃工場グループの内情を探るためにも、夏目さんとの接触を続けるのが有効かもしれない、と考えた。彼女を守る、という意味でも。
次のアクションはどうするか……。廃工場への潜入調査か、それとも、夏目さんへのさらなるアプローチか。僕らは、顔を見合わせ、静かに頷き合った。