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第28話 古文書は語る、禍《わざわ》いの廃墟

 例の廃工場について、僕たち「アーク」は本格的な調査を開始した。夏目さんからの情報も踏まえ、内部に潜入するのはまだ危険だと判断。まずは、外堀から埋めていく作戦だ。


 大輝は持ち前のフットワークとコミュ力を活かして、廃工場周辺での聞き込みや、例の集会に参加している奴らがいないか、学校内外で情報を集めてくれることになった。「任せとけ!」と、いつもの調子で飛び出していった彼の背中は、なんだかとても頼もしく見えた。


 そして僕は……水瀬 一葉さんと一緒に、彼女の家の神社で、廃工場やあの土地にまつわる古い資料を調べることになったのだ。


「……ごめんね、来栖君。こんなことまで手伝わせちゃって」


 神社の静かな書庫で、ほこりっぽい古文書の束を前に、一葉さんが申し訳なさそうに言う。


「ううん、気にしないで。僕も知りたいんだ。あの場所に何があるのか……それに、水瀬さんと一緒なら、何か分かるかもしれないし」


 僕がそう言うと、彼女は少し驚いたように顔を上げ、そして、小さく微笑んだ。その笑顔を見ると、僕の心臓が少しだけ、トクン、と音を立てる。……いかんいかん、調査に集中しないと。


 神社の書庫には、鷲久市わしくしの歴史に関する、驚くほどたくさんの資料が眠っていた。一葉さんは、慣れた手つきでそれらを紐解ひもとき、僕に内容を説明してくれる。古文書に書かれた崩し字なんて、僕にはさっぱり読めないから、本当に助かる。


「……この辺りの土地は、昔から『鬼門きもん』と呼ばれていたみたい。悪い気……瘴気しょうきのようなものが溜まりやすい場所だったって」

「瘴気……」

「ええ。だから、昔の人たちは、その力をしずめるために、ここにほこらを建てて、特別な儀式を行っていた……そう記されています」


 彼女が指し示した古文書には、確かにそんな記述があった。そして、その祠があった場所が……まさに、今の廃工場の敷地と重なるらしい。


「でも、時代が変わって、その言い伝えも忘れられて……ほこらもいつの間にか壊されて、工場が建てられた。……もしかしたら、それが原因で、土地の力が弱まって、よくないものが集まりやすくなっているのかもしれません」


 一葉さんの声には、うれいの色がにじんでいた。彼女は、巫女みことして、この土地のことをずっと気にかけてきたんだろう。


「僕にできることがあれば、言ってほしい。資料の整理とか、PCでデータベース化するとか……」

「ありがとう、来栖君……」


 二人で協力して資料を読み解いていく時間は、思ったよりもずっと早く過ぎていった。難しい古文書を前にうなる僕に、一葉さんが優しくヒントをくれたり、逆に、僕が見つけたネット上の関連情報を彼女に伝えると、彼女が「すごい……!」と目を輝かせたり。そんなやり取りの中で、僕らの間の距離は、確実に縮まっている気がした。


 数時間に及ぶ調査の結果、僕らはいくつかの重要な情報をつかんだ。


 まず、廃工場で行われている「儀式」は、単なる集会ではなく、土地に溜まった負のエネルギー(瘴気)とマインドワームを結合させ、集団的な精神汚染を引き起こそうとする、危険なものである可能性が高いこと。

 そして、最も気がかりなのは、その儀式が、数日後に迫った特別な日……古文書によれば『いんの気が最も満ちる日』とされる夜に、最大規模で行われるらしい、ということだった。


「……時間が、ない……!」


 僕らは顔を見合わせた。その日は、もうすぐそこまで迫っている。

 調査を終え、書庫の片付けをしていると、一葉さんがふと窓の外……廃工場のある方角を見て、顔色を変えた。


「……また、だわ。すごく……嫌な気配がする……。前よりも、ずっと強く……濃くなっている……!」


 彼女は、自分の胸元をぎゅっと押さえている。その感受性の強さが、彼女を苦しめているのかもしれない。


「大丈夫か、水瀬さん?」


 僕は、思わず彼女の肩に手を伸ばしかけた。……いや、今はそんな場合じゃない。


「……ええ。でも、悠人君……私たち、急がないと……!」


 彼女の瞳には、強い決意の色が宿っていた。僕も頷く。


「ああ。大輝と合流して、対策を練ろう。そして、必ず……止めるんだ」


 僕たちは、互いの目を見て、静かに頷き合った。迫りくる脅威を前に、僕らの絆は、そして覚悟は、より一層強くなっているのを感じていた。



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