廃工場での『儀式』が行われるという満月の夜は、もう数日後に迫っていた。
僕たち「アーク」のアジトには、焦りと緊張感が混じった空気が漂う。窓の外では、
「ノア、廃工場周辺の精神ネットワークの状況は?」
僕が尋ねると、スマホからノアの少し
《うん……正直、かなりヤバい。歪みが急速に拡大してる。あの儀式、もし成功しちゃったら、|鷲久市《わしくし》全体にマインドワームの汚染が一気に広がる可能性もあるよ》
「マジかよ……!」
大輝が顔を青くする。
「何としても、止めなければなりませんね……!」
一葉さんも、固い表情で
そんな中、僕にはもう一つ、気がかりなことがあった。夏目 莉緒さんのことだ。大輝の情報によると、彼女の親友の一人が、例の廃工場の集会に深くのめり込んでしまっているらしい。
学校で、僕は心配そうな表情で誰かと電話している夏目さんの姿を見かけた。相手は、その親友だろうか。
「……だから、もうやめろって言ってんじゃん! 目ぇ覚ませよ! ……もしもし!? おい!」
通話は一方的に切られてしまったようだ。彼女は悔しそうにスマホを握りしめている。その横顔は、いつもの派手な雰囲気とは裏腹に、とても不安げに見えた。
僕は、意を決して彼女に声をかけた。
「……夏目さん。何か、あったのか?」
「……来栖? 別にあんたには関係ないし」
最初は、いつものように強がっていた彼女だったけど、僕が「友達のこと、心配なんだろ?」と核心を突くと、観念したようにぽつりぽつりと話し始めてくれた。
「……マキって、ウチのダチがいるんだけどさ。最近、なんか変な集まり……たぶん、あの廃工場のヤツ……にハマっちゃって……」
マキさんという親友は、夏目さんが昔荒れていた時期も、ずっとそばにいてくれた大切な存在らしい。
「ウチがいくら止めても聞かなくて……最近じゃ、連絡もまともに取れねぇ。……あいつ、昔、ウチがグレてた時も、ずっと見捨てないでいてくれたんだ。なのに、今度はウチが……あいつのこと、助けてやれないなんて……!」
彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。いつも強気な彼女が見せる、思わぬ弱さ。そして、友達を思う強い気持ち。僕は、胸が締め付けられる思いだった。
「……こうなったら、ウチが直接あいつを連れ戻しに行くしかねぇ!」
彼女は、涙を乱暴に
「ちょっ、待てよ! 一人で行くなんて無茶だ!」
「うるさい! ウチのダチのことなんだから、ウチがケリつける!」
「気持ちは分かるけど、危険すぎる! あそこには、普通じゃない連中がいるんだぞ!」
僕が必死に説得しようとした、その時だった。
「悠人の言う通りだぜ、夏目!」
「莉緒さん、私たちも一緒に行きます!」
話を聞きつけたのか、大輝と一葉さんが駆けつけてくれた。
「は……? あんたらまで……なんで……?」
突然の申し出に、夏目さんは目を丸くしている。
「友達を助けたいって気持ち、俺も分かるからな!」
「ええ。それに、あの場所を放っておくわけにはいきません」
僕たち三人の真剣な眼差しに、夏目さんはしばらく戸惑っていたが、やがて、ふぅ、と大きなため息をついた。
「……しょーがねーな。ウチ一人じゃ、確かに分が悪いかもだし……。今回だけ、あんたらに協力してやんよ」
少しぶっきらぼうだけど、彼女なりの感謝の表明だろう。
「ただし! 足手まといになるのだけは、絶対許さねーからな!」
彼女はビシッと僕らを指さして、いつもの勝気な笑みを見せた。
そして、儀式が行われるという、満月の夜がやってきた。
雨は上がり、雲の切れ間から、
近づくにつれて、一葉さんが言っていた「よくない気配」が、肌で感じられるほど濃くなっていく。
「……始まった、みたいだな」
大輝が、ゴクリと
「マキ……無事でいてくれよ……」
夏目さんが、祈るように呟いた。僕たち四人は、廃工場の入り口に立ち、互いの顔を見合わせた。これから始まるであろう戦いを前に、緊張と、ほんの少しの
「……行くぞ!」
僕の合図で、僕らは固く閉ざされた廃工場の扉へと、静かに歩を進めた。