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第30話 潜入《せんゆう》! 狂宴の廃墟、金色《こんじき》の覚醒

 満月が、雲の隙間から不気味なほど明るく地上を照らす夜。僕たち四人は、息を殺して廃工場の敷地内へと侵入した。

 雨上がりで湿った空気が、さびとカビの匂いが混じった異様な臭気を運んでくる。

 工場の割れた窓からは、禍々《まがまが》しい赤黒い光が漏れ、抑揚よくようのない、気味の悪い詠唱のような声が低く響いていた。


「……始まってるみたいだな」


 大輝が、緊張した面持ちで呟く。


「マキ……」


 夏目 莉緒さんが、親友の名前を呼び、ぎゅっと拳を握りしめた。彼女の派手なネイルが、月明かりに鈍く光る。


「行きましょう。慎重に」


 一葉さんの静かな声に促され、僕らは工場の内部へと足を踏み入れた。


 中は、想像以上に荒れ果てていた。ほこりっぽく、巨大な機械の残骸ざんがいがあちこちに転がっている。だけど、奥へ進むにつれて、明らかに人の手が入った痕跡が見え始めた。

 壁には奇妙なシンボルマークがスプレーで描かれ、床には意味不明な魔法陣のようなものがいくつも描かれている。


《うわ……なんか、すごく嫌な感じ。負のエネルギーが渦巻いてるよ……》


 ノアの声も、いつもよりトーンが低い。


 警戒しながら進む僕たちの前に、時折、うつろな目をした若者たちが現れた。見張り、というわけでもなさそうだ。ただ、目的もなく徘徊はいかいしている感じ。彼らは僕らの姿を認めると、唸り声を上げて襲いかかってくる。


「くっ、こいつらも操られてるのか!」


 大輝が舌打ちする。僕と大輝、一葉さんの三人はアバターを起動させ、彼らを傷つけないように、でも確実に無力化していく。

 一葉さんの浄化の光が、彼らの精神的な興奮をしずめるのに役立った。莉緒さんは、戦う力はないけれど、ひるむことなく僕らの後ろについてきていた。その度胸は、正直すごいと思う。


 やがて僕たちは、工場の最も奥にある、巨大な吹き抜けの空間にたどり着いた。元々は、大きな機械でも設置されていた場所なのだろうか。その中央には、ガラクタを寄せ集めて作ったような、歪な祭壇が組まれ、赤黒い光を放っていた。


 祭壇の前では、フードを目深にかぶったリーダー格らしき人物が、何かを唱えている。そして、その周りには、二十人近くの若者たちが、まるでトランス状態のように、うつろな目で祭壇を見つめ、同じように意味不明な言葉を繰り返していた。


 その中の一人に……莉緒さんの親友、マキさんの姿もあった。


「マキ……!」


 莉緒さんが、悲痛な声を上げる。マキさんは、他の若者たちと同じように、生気のない瞳で祭壇を見つめているだけだ。


「待て、夏目さん! 今飛び出すのは危険だ!」


 僕が制止するのも聞かず、莉緒さんは駆け出そうとした。その瞬間、祭壇の前にいたリーダー格の人物が、ゆっくりとこちらを振り返った。フードの奥から覗く瞳が、冷たく光る。


『……ほう。招かれざる客か。しかも、ネズミが三匹……いや、四匹か』


 その声は、相良先輩の時とは違う、もっと冷たくて、計算高い響きを持っていた。

 こいつが、儀式を主導している……マインド・イーターの関係者か!?


『ちょうど良い。その娘……なかなか強いソウルの持ち主のようだ。新たな『器』として、我々の力になるがいい』


 リーダー格の人物が、莉緒さんに指を向けた。途端、莉緒さんの頭を押さえつけるような、強烈な精神攻撃が放たれる!


「ぐっ……うぅ……!」


 莉緒さんが、苦痛に顔を歪めて膝をつく。頭の中に、直接囁ささやきかけられているようだ。


《くだらない友情など捨てろ……》

《お前の祖母も、お前の過去を知れば幻滅する……》

《こちら側に来い。そうすれば、真の力が手に入る……》


「やめろ!」


 僕たちはアバターで応戦しようとするが、操られた若者たちが壁となって立ちはだかる!


「莉緒さん!」


 一葉さんの悲鳴に近い声。莉緒さんの意識が、悪意に飲み込まれかけている……!


 その時だった。


「……ふざけん……な……」莉緒さんが、震える声で呟いた。「ふざけんじゃねぇぞ、テメェら!!」


 彼女は、顔を上げた。その瞳には、涙が浮かんでいたけれど、それ以上に強い、怒りの炎が燃え上がっていた。


「ウチのダチを……! ウチの大事なばーちゃんを……! 馬鹿にするんじゃねぇ!! ウチが……ウチが、全部守ってやんだよ!!」


 心の底からの、魂の叫び。その瞬間、彼女の持っていたスマホ――デコレーションされた派手なやつ――が、まばゆい金色の光を放った!


《強い|想《オモ》い、感知! 接続コネクト承認! アバター、起動!!》


 金色の閃光の中から現れたのは、見るからにパワフルなアバターだった! 特攻服かスカジャンを思わせるような、派手な刺繍ししゅうとスタッズが施されたデザイン。両手の拳には、硬質化されたネイルのような鋭い爪が装着され、金色の長い髪が、まるで炎のように逆立っている。まさに、彼女の気性とスタイルを体現したような、喧嘩けんか上等の「番長」アバターだ!


「これが……ウチの……!?」


 莉緒さんは、自分の拳を握りしめ、驚きながらも、すぐにその力を理解したようだった。


『な……!? まさか、お前も……!?』


 リーダー格の人物が、初めて動揺を見せる。


「うっせーんだよ! テメェらの思い通りになんか、させるか!」


 覚醒したばかりとは思えない、凄まじい気迫。莉緒さんのアバターは、地を蹴ると、一直線にリーダー格の人物へと突進した!


「邪魔だ、ドケェェェッ!!」


 立ちはだかる若者たちを、まるで雑草でもぎ払うかのように、そのパワーで吹き飛ばしていく!


「すげぇ……!」


 大輝が、感嘆の声を漏らす。


「僕らも行くぞ!」


 僕と大輝、一葉さんのアバターも、莉緒さんに続いた。四人目の仲間……いや、新たな疾風かぜが、僕らのチームに加わったのだ!

 儀式を阻止し、マキさんを、そしてこの廃墟はいきょとらわれた全ての心を解放するために! 僕たち四人の、反撃が始まる!



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