マインド・イーター……その影は、確実にこの
次に彼らが狙うのは誰なのか? 僕らは、特に生徒会長である結城先輩の動向を注視していた。
相良先輩の一件以来、彼の完璧な笑顔の裏に、時折、深い疲労や焦りのような色が見え隠れする気がしていたからだ。
「でも、どうやって会長に接触するかな……。ガード、固そうだし」
アジトで頭を悩ませていると、一葉さんが静かに口を開いた。
「……私、少しだけ……結城会長とお話をする機会があります。
なるほど、神社の巫女である彼女なら、生徒会長とも公式な接点があるのか。
「それなら……僕も一緒に行ってもいいかな? 生徒会にちょっと聞きたいことがあって、って言えば……」
「え……?」一葉さんが少し驚いた顔をする。「で、でも……」
「危ないかもしれないけど……一人で行かせるよりはマシだと思う。それに僕も結城先輩のこと、気になってるから」
僕が真っ直ぐ彼女の目を見て言うと、一葉さんは少し考えた後、こくりと頷いた。
「……分かりました。一緒に行きましょう。でも、無理はしないでくださいね?」
「ありがとう、水瀬さん」
彼女の勇気と、僕を信頼してくれる気持ちが嬉しかった。僕らの間の絆が、また少し強くなった気がした。
放課後、僕と一葉さんは、少し緊張しながら生徒会室の扉をノックした。中から「どうぞ」という涼やかな声が聞こえ、扉を開ける。
生徒会室は、噂通り、塵一つなく整頓されていて、それでいてどこか張り詰めた空気が漂っていた。その中心……立派な執務机の向こうに、結城先輩が、完璧な笑顔で座っていた。
「やあ、水瀬さん。それに……来栖君、だったかな? どうしたんだい、二人揃って」
「こんにちは、結城会長。今日は、夏越の祓の打ち合わせの件で……。あと、こちらは、少し生徒会にご相談したいことがあるそうで……」
一葉さんが、丁寧に説明してくれる。
「そうか。まあ、座ってくれたまえ」
僕たちは、勧められるままにソファに腰を下ろした。まずは一葉さんが、神事に関する資料を広げ、誠先輩と打ち合わせを始める。その間、僕は彼の様子を注意深く観察していた。笑顔は完璧だ。受け答えも淀みない。まさに理想の生徒会長。
だけど……やっぱり、目の奥に、隠しきれない疲労の色が見える気がする。それに、時折、窓の外を見つめる彼の視線には、何か焦りのようなものが含まれているような……。
打ち合わせが一区切りついたところで、僕は切り出した。
「あの、結城先輩。最近、学校や街で、ちょっと変な噂……精神的に不安定になる生徒が増えてる、みたいな話、聞きませんか?」
僕の言葉に、誠先輩の完璧な笑顔が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、揺らいだように見えた。
「……ああ、その噂なら、私の耳にも入っているよ。嘆かわしいことだ。生徒会長として、非常に憂慮している」
彼は、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し、淀みなく答える。
「原因は分からないが……現代社会のストレス、あるいは、この街が抱える構造的な問題なのかもしれないね。だからこそ、私は、この鷲久市を、もっと良くしていかなければならないと考えているんだ。誰もが安心して暮らせる、理想の街に……」
彼の言葉は力強く、カリスマ性を感じさせる。でも、どこか……危うい響きも感じられた。「理想の街」のためなら、何をしてもいい、とでも言うような……。
「そのためなら……多少の犠牲は、仕方ないのかもしれない……」
ボソリと、彼がそう呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。犠牲……? 一体、何のことだ……?
その時だった。隣に座っていた一葉さんが、はっと息を呑んで、自分の胸元を押さえた。
「水瀬さん?」
「……いえ……なんでも……。ただ、少し……この部屋……なんだか、息苦しいような……『気配』が……」
彼女は、真っ直ぐに結城先輩を見つめている。彼女の特別な感受性が、何かを感じ取っているんだ。同時に、僕の頭の中に、ノアの声が警告を発した。
《……悠人、この人……かなりヤバいかも。マインドワームじゃない。でも、何か、すごく強くて、歪んだ『意志』みたいなものに、強く影響されてる感じがする……!》
なんだって……!? マインドワームじゃない別の……? マインド・イーターの、もっと直接的な干渉、ということか?
僕たちは、これ以上ここに長居するのは危険だと判断した。
「……すみません、結城会長。今日はこれで失礼します」
僕たちは、なんとか平静を装って生徒会室を後にした。廊下に出た途端、二人で大きく息をつく。
「……やっぱり、会長は何か……」
一葉さんが、不安そうな顔で僕を見る。
「ああ……。彼がマインド・イーターのターゲットになっているのか、それとも……もっと深く関わっているのか……。分からないけど、放ってはおけない」
彼の言う「理想の街」も、「多少の犠牲」も、恐らくはマインド・イーターの計画と繋がっている。僕たちは、結城 誠という存在に、より一層の警戒と、そして……彼を止めなければならないという使命感を強くした。
「……私たちで、会長を……」
一葉さんが、決意を秘めた瞳で呟く。僕は、彼女の手を……いや、今はまだ早い。ただ、力強く頷き返した。
どうすれば、彼の仮面の下にある真実にたどり着けるのか……。僕らの新たな課題が、重くのしかかってきていた。