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第36話 黄昏の校舎、仮面《ペルソナ》の告白

「結城会長……!?」


 一葉さんの叫びと、ノアの警告。僕たちは顔を見合わせると、同時に駆け出していた。目指すは、鷲久北高校。あの完璧な生徒会長の身に、一体何が起きているんだ!?

 スマホで大輝と莉緒さんに緊急連絡を入れる。『学校でヤバい気配。すぐに来てくれ!』……簡単なメッセージだったけど、二人ならきっと、すぐに駆けつけてくれるはずだ。


 学校に近づくにつれて空気がどんどん重くなっていくのを感じた。まるで、見えない鉛のドームに覆われているみたいだ。

 まだ放課後の時間帯のはずなのに、校舎の周りには人影がまばらで、すれ違う生徒たちの表情もどこかうつろに見える。


「……この感じ、ただ事ではありませんね」


 一葉さんが、顔を青くして呟く。彼女の鋭い感受性が、この異様な雰囲気の中心を捉えようとしていた。


「ノア、気配の中心はどこだ!?」


《……最上階……たぶん、生徒会室だよ! すごく強い『歪み』が出てる!》


 僕たちは、人気のない階段を一気に駆け上がり、生徒会室へと向かった。廊下の窓から差し込む夕陽が、やけに赤く、不吉に見えた。


 生徒会室の扉の前まで来ると、中から、以前感じたものとは比べ物にならないほどの、冷たくて強大なプレッシャーが漏れ出てきていた。息が詰まるようだ……。


 僕と一葉さんは頷き合い、意を決して扉を開けた。


 そこにいたのは、やはり結城先輩だった。彼は生徒会長の椅子に座り、窓の外……鷲久市わしくしの街並みを静かに見下ろしていた。

 一見すると、いつもと変わらない完璧な姿。だが、その瞳には、明らかに人間離れした冷たい光が宿っていた。そして、彼の周りの空間は、まるで陽炎かげろうのように僅かに歪んで見えた。


「……来たか、来栖君、水瀬さん」


 彼は、僕たちの方を振り返りもせずに言った。その声は、いつものように穏やかだったが、どこか感情が抜け落ちているように聞こえる。


「結城会長……! いったい、何をしているんですか!?」


 一葉さんが、震える声で問い詰める。


「何、って……見れば分かるだろう? この停滞した街を、人々を、あるべき姿へと導こうとしているのさ。完全パーフェクトな秩序と、絶対の幸福が約束された、理想の世界へね」

「理想の世界……? そのために、人の心を操るような真似を……!?」


 僕が言うと、彼はゆっくりとこちらを振り返った。その瞳の奥には、狂気にも似た強い『意志』が宿っている。


「『操る』、か。人聞きの悪いことを言うね。私は、彼らを『解放』しようとしているのだよ。不要な感情、くだらない欲望……そういったノイズから解放し、まことの幸福を与えるために」

「それは……マインド・イーターの考え方だ! あなたは、彼らに……!」

「マインド・イーター?」彼は、少しだけ眉を上げた。「ああ、あの者たちのことか。彼らの思想には、確かに学ぶべき点もあった。だが、私は誰かに利用されているわけではない。これは、私自身の意志だ。この街を、世界をより良くするための……ね」


 違う……! これは、彼の本当の意志じゃない! 何か、もっと別の……ノアが言っていた、強い『意志』に、彼は完全に取り込まれてしまっているんだ……!


「先輩、目を覚ましてください! それは間違っています!」


 一葉さんが、必死に呼びかける。


「間違っている? ……フッ、感情に流される君たちには、私の理想は理解できないだろうな。秩序のためには、時に非情な決断も必要だ。……そう、多少の『痛み』もね」


 彼は、すっと右手を上げた。すると、生徒会室の空間が、ぐにゃりと大きく歪み始めた! 壁や床に亀裂が走り、禍々《まがまが》しいエネルギーが渦を巻く!


「これ以上、私の邪魔をするというのなら……君たちにも、その『痛み』を教えてあげよう」


 もはや、言葉は通じない。僕と一葉さんは、覚悟を決めてスマホを構えた。


「させません!」

「あなたの好きにはさせない!」


 僕たちは同時に叫び、アバターを起動させた! 青白い光と、清らかな光が交錯する。


 だが、結城先輩は、僕らのアバターを一瞥いちべつすると、フン、と鼻で笑った。


『その程度の力で、私に敵うとでも?』


 彼の身体からだから黒いオーラのようなものが溢れ出し、それは徐々に形を成していく。それは、アバターとは似ているが、もっと禍々しく、冒涜的ぼうとくな……まるで、神の仮面ペルソナを被った悪魔のような姿だった。


「なっ……!?」

「あれも……アバター……!?」


 僕たちが愕然がくぜんとする中、結城先輩……いや、彼に取り憑いた『何か』は、歪んだ笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらへ歩を進めてきた。


 その時だった。


「待たせたな、悠人、一葉!」

「おらぁ! ド派手に登場だぜ!」


 生徒会室の扉が勢いよく開き、大輝と莉緒さんが飛び込んできた! 二人もまた、それぞれのスマホを構え、アバターを起動させる!


 炎の戦士と、金色の番長。そして、光の射手と、聖なる巫女。四人のアバターが、歪んだ生徒会長の前に、今、集結した。


「……フン、ネズミが増えたところで、結果は変わらんよ」


 誠先輩は冷たく言い放つ。


 いや、変えてみせる。僕たち四人の力で! 鷲久北高校、夕暮れの生徒会室。僕たち「アーク」と、歪んだ理想に取り憑かれた生徒会長との、決戦の火蓋が、今、切られようとしていた。


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